EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

ナヒチェヴァン建築学派

Architectural school of Nakhchivan
年代
中世(5–15C)
地域
時代
中世

ナヒチェヴァン建築学派は、12世紀後半から13世紀にかけて、現在のアゼルバイジャン南西部ナヒチェヴァン地方で展開した煉瓦造建築の潮流である。アタベク(イルデニズ朝)の庇護のもと、建築家アジャミ・イブン・アブーバクル・ナクチヴァーニによって確立された。

その最大の特徴は、焼成煉瓦を主材とする塔形の墓廟(テュルベ)建築にある。多角形平面の塔身に、煉瓦を立体的に組み合わせた精緻な幾何学文様を全面に施し、上端にはクルアーンの章句をクーフィー体で帯状に刻む。釉薬をかけた青色煉瓦を要所に用いて陰影と色彩を与える手法や、堅牢な閃緑岩の基壇によって塔身を支える構成も、この学派の洗練を物語る。装飾は建物に後から貼り付けられたものではなく、煉瓦そのものの組積から立ち上がる点に大きな独自性がある。塔身を円錐や尖塔状のドームでいただく形式は、イラン圏に広く分布する塔形墓廟の伝統と響き合うものであった。

代表作はいずれもナヒチェヴァンに残るユースフ・イブン・クセイル廟(1162年)とモミネ・ハトゥン廟(1186年)であり、設計者の名が銘文によって明確に伝わる点でも貴重である。銘文に施主とともに設計者の名が刻まれることは、作者の知られる中世イスラーム建築として大きな意味をもつ。広くセルジューク建築の系譜に属し、その装飾語彙と構築法は、後のアゼルバイジャン・イラン圏の煉瓦造記念建築へと受け継がれていった。

ナヒチェヴァン建築学派
§1

代表建築

Buildings