用語集Glossary
建築用語集。様式・構造・意匠の専門用語を、関連する様式や建築とともに解説します。
「少ないことは退屈だ」を意味する標語。ロバート・ヴェンチューリがミースの「Less is more」をもじり、簡素なモダニズムを批判して装飾や複雑さの回復を唱えた。
「より少ないことは、より豊かである」を意味する標語。ミース・ファン・デル・ローエが好んで用い、要素を切り詰めて空間の質を高めるモダニズムの美学を表す。
ルイス・サリヴァンが1896年の論文で広めた標語。建物の形は用途や機能から導かれるべきだとする思想を言い表し、近代建築の理念を先取りした。
コンピュータによる設計(CAD)と、そのデータに直結した製造(CAM)。形の異なる部材を正確に作れるようになり、複雑な自由曲面の建築を可能にした。
木の板を繊維の向きを直交させて何層も貼り合わせた大型の木質パネル。高い強度と寸法安定性をもち、木造の高層建築を可能にした脱炭素時代の素材として注目される。
透明で軽く耐候性にすぐれたフッ素樹脂のフィルム。空気で膨らませたクッション状で用いられ、ガラスより軽く複雑な曲面も覆えるため、スタジアムなどの外皮に使われる。
米国グリーンビルディング協会が運用する建築物の環境性能評価制度。エネルギーや水の効率、資材、室内環境などを点数化し、四段階で格付けする。
列柱や柱脚に支えられた連続するアーチ、またはその下の通路空間。中世聖堂では身廊を画し、近世以降は店舗が並ぶ屋根付きの歩廊の意でも使われる。
楔形の迫石を曲線状に積み、荷重を両脇へ圧縮力として伝える架構。まぐさ式より広い開口を架けられ、ローマが大規模に応用してヴォールトやドームへ展開させた。
アーチダムと重力ダムの仕組みを併せもつダム。上流側へ張り出した曲面で水圧の一部を両岸の岩盤へ逃がしつつ、堤体の重さでも水を受け止める。
円弧状に積んだ部材が互いに押し合って荷重を支える橋。引張に弱い石材でも大きな径間を架けられ、古代ローマ以来、石造橋の主流となった。
19世紀後半のイギリスでウィリアム・モリスらが主導した、手仕事と生活芸術を尊ぶ運動。機械生産を批判して中世の職人の手仕事への回帰を説き、近代デザインに影響を与えた。
1920〜30年代に世界的に流行した装飾的な近代様式。直線やジグザグ、放射状の幾何学模様と贅沢な素材で機械時代の華やかさを表し、摩天楼から宝飾にまで及んだ。
超高層建築で、中央のコアと外周の柱を途中階の剛強な水平材で連結し、建物全体で横力に抵抗させる構造形式。横揺れを大きく抑えられ、現代の摩天楼で広く用いられる。
柱と破風で囲まれた小さな祠状の構築物。古代ローマで神像を納める小神殿を指し、のちに窓や像を飾る額縁状の意匠も意味するようになった。
古代ギリシアの都市国家の中心に置かれた広場。市場であると同時に民会や裁判、祭祀、社交の場を兼ね、周囲を柱廊や公共建築が囲んだ。
スペイン・ポルトガルで発達した装飾用の彩釉タイル。幾何学文様から物語を描いた絵画的な構成まで幅広く、教会や宮殿、修道院の壁面を彩ってきた。
古典建築で、主要なオーダーの軒蛇腹より上に設ける低い壁状の階層。屋根を隠すとともに、凱旋門などでは銘文や浮彫を掲げる場となった。
建物内部に設けた、上方へ大きく吹き抜ける空間。古代ローマの住宅の中庭に由来し、近代以降はガラス屋根などで覆って光を取り込む大きな吹き抜けを指す。
崩落した石造建造物を、現地に残る原部材を用いて元の位置に組み直す修復手法。新材の補填を最小限にとどめ、20世紀初頭に地中海世界の遺跡修復で確立した。
アケメネス朝の宮殿の大列柱謁見殿。ペルセポリスでは方形の広間に細く高い石柱が林立し、基壇の階段に各地から貢物を運ぶ使節の浮彫が刻まれた。
インド神話に由来する天界の女性的存在で、舞踏や音楽を司るとされる。東南アジアの寺院装飾で重要な主題となり、アンコール・ワットの壁面を無数の浮彫が飾る。
聖堂やバシリカの主軸の端、祭壇の背後に設ける半円形または多角形の張り出し。半ドームの天井をもち、モザイクや壁画で飾られることが多い。
色の異なる石材を交互に積んで横縞をつくる組積の手法。「まだら」を意味するアラビア語に由来し、マムルーク朝のエジプトなどで門や壁面の意匠として洗練された。
蔓草や葉、幾何学文様を絡み合わせて無限に連続させるイスラーム美術の装飾文様。壁面や天井、タイルを覆い、しばしばクルアーンの銘文と組み合わされる。
木の梁や板を幾何学的に組んだ装飾的な木造天井。イスラーム建築の技法に由来し、スペインのムデハル建築で星形などの込み入った文様として洗練された。
三方を壁で囲み一方を大きく開いた、半屋外のヴォールト空間。ペルシア建築に起源をもち、中庭の四辺にイーワーンを据える四イーワーン形式がモスクで発達した。
古代ギリシアの古典オーダーの一つ。柱頭の左右に渦巻き(ヴォリュート)を巻く優美な形を特徴とし、ドーリア式より細く軽やかな印象を与える。
18世紀のイギリスで成立した、理想化された自然の風景を再構成する庭園形式。起伏のある芝地や不規則な池、木立を配し、曲がりくねる園路で景色を移り変わらせる。
正教会の聖堂で至聖所と身廊を隔てる、イコンで覆われた仕切り。複数の段にキリストや聖人、祝祭の図像が体系的に並び、中央の「王の門」が典礼に応じて開閉される。
正教会で用いるキリストや聖母、聖人を描いた聖画像。天上を映す窓として敬われ、木板に描かれてイコノスタシスに並べられる。
アドリア海のイストリア半島産の緻密で白い石灰岩。塩分や水に強く、潟の上に築かれたヴェネツィアで土台や装飾、外装に広く用いられた。
15世紀末から17世紀にアナトリアのイズニクで焼かれた装飾タイル。白地に青やトルコ石色、鮮やかな赤で植物文を描き、オスマン建築の室内を覆った。
色や木目の異なる木片を組み合わせて図像や文様を表す木象嵌の技法。ルネサンス期のイタリアで発達し、線遠近法を用いて棚や扉を錯視的に描き出した。
仏教の僧院。石窟寺院では方形の広間の三方に小さな僧房を穿つ形式をいい、アジャンター石窟群の窟の大半がこれにあたる。礼拝堂のチャイティヤと対をなす。
南インドのドラヴィダ様式の寺院で、聖室とその上に立つ塔状の上部構造をあわせて指す語。方形の層を段状に逓減させて積む角錐形を基本とし、タンジャーヴールの例が最大級である。
郊外や田園に建てた邸宅。古代ローマでは農園を伴う屋敷を指し、ルネサンス以降は余暇や芸術鑑賞のための優美な別荘を意味し、庭園と一体に設計された。
教会堂の西正面に設ける、二基の塔と玄関廊、上層の礼拝室を一体とした重層の建築ブロック。カロリング朝期に起こり、ドイツを中心とする北方ヨーロッパで発達した。
アーチを奥行き方向に連続させた曲面の天井・屋根。樽型ヴォールトを基本とし、広い内部空間を柱なしで覆える。ローマ建築の中心技術で、中世の聖堂へ受け継がれた。
祈願の成就や危難からの救いへの感謝として聖堂に奉納する品。奉納画のほか船の模型や銀板などがあり、巡礼聖堂に民衆信仰の独特の景観をつくる。
半円形または方形の平面で一方が大きく開いた張り出し空間。古代ギリシアでは腰掛けを備えた談話の場で、ローマでは柱廊や浴場、広場の側面に設けられた。
人や荷を垂直に運ぶ昇降装置。1850年代にオーチスが落下防止の安全装置を公開実験で示して実用化への道を開き、超高層建築を成立させる前提技術となった。
円柱の柱身を上方へ細らせつつ中ほどをわずかにふくらませる輪郭の調整。柱が中央でくびれて見える錯視を補い、古代ギリシアのドーリア式神殿で顕著に用いられた。
古典建築で柱頭の上に水平に載る上部構造の総称。下からアーキトレーヴ、フリーズ、コーニスの三層からなり、オーダーごとに比例と装飾の作法が定まる。
隣り合う部屋の扉を一直線上に揃え、奥まで見通せるようにした部屋の配列。バロックの宮殿で好まれ、扉を開け放つと長大な眺めが君主の威光を演出した。
建材の製造・運搬や施工の段階で排出される温室効果ガス。完成後の運用で生じる炭素と区別され、コンクリートや鉄の削減が脱炭素時代の建築の課題となっている。
円柱とその上の水平材を一組とする、古代ギリシア・ローマ建築の比例と装飾の体系。ドーリア式・イオニア式・コリント式にトスカナ式・コンポジット式が加わった。
クリケットやオーストラリアン・フットボールに用いる、楕円形の芝の競技場。
ドームの頂部や壁面に開けられた円形の開口部。光と空気を内部に導き、ローマのパンテオンの頂部には直径約9メートルのオクルスが空に開く。
遺骨を納める容器。エルサレム周辺では前1世紀から後1世紀ごろ、白骨化した遺骨を石灰岩の箱に移して再埋葬する習慣が広まった。
フランスの一戸建ての都市邸館。街路側に中庭、背後に庭園を配する「中庭と庭園のあいだ」の構成をとり、17〜18世紀のパリで貴族や富裕層の住まいとして建てられた。
古代エジプトに起源をもつ、頂部を四角錐にした細長い方尖塔。多くは一本の石から彫り出され、神殿の前に対で建てられた。後世にはローマやパリなどへ運ばれた。
17〜18世紀の宮殿や邸宅に付属した、柑橘類を冬に保護する大型の温室建築。南面に大きな窓を並べ、やがて社交や園遊の場としても用いられた。
古代ギリシア劇場で客席と舞台の間に置かれた円形または半円形の平場。合唱隊が歌い踊る場で、劇場全体の幾何学の基準点となった。
壁の下部や外周に縦長に立てて据えた大型の板石。先史の巨石建築や古代オリエントの建築にみられる。
イランの伝統建築で、木の細桟を組んで色ガラスを嵌めた格子窓。外光を彩色して室内に落とし、ガージャール朝の宮殿建築で発達した。
朝鮮半島の伝統的な床暖房。焚き口で燃やした火の熱と煙を床下の煙道に通し、床石を温めて室内を暖める。
建物の荷重を負担せず、内外を仕切るだけの非耐力の外壁。柱と梁が荷重を担う構造によって可能となり、ガラスや金属パネルで軽快な立面をつくる近代建築の手法。
メッカの聖モスクの中心に立つ、ほぼ立方体の石造建造物。イスラームで最も神聖な聖地で、世界中のムスリムが礼拝の際に向かう方角の基準となる。
中世アルメニアの教会堂の西側に付属する前室・集会室。列柱や交差するアーチの重厚な天井をもち、集会や墓所、写本の保管に用いられた。ザマトゥンともいう。
面全体が二方向に湾曲する薄い殻構造の屋根。二重の曲率で力を面内に分散し、薄い断面でも座屈しにくい。ディエステが煉瓦で波打つ屋根として用いた。
庭園や宮殿の軸線上に設ける、階段状に水を流れ落とす人工の滝。バロックの庭園で好まれ、噴水や彫像と組み合わせて水の動きを劇的に演出した。
ローマ都市で水道の終端に置かれた配水槽。到達した水を受け止め、複数の管口から公共泉や浴場、私邸へ分配した。ニームに円形の遺構が残る。
二列の壁を平行に立て、間を隔壁で区切って小室を連ねた構造の城壁。小室は倉庫や兵舎に使え、少ない石材で壁厚を稼げるため古代オリエントで広く用いられた。
地下に掘られた墓所や埋葬路。とりわけ古代ローマ近郊のキリスト教徒の地下墓地を指し、殉教者の墓は後に巡礼の対象となった。
鎖を吊るしたときの曲線を上下反転させた形のアーチ。荷重がほぼ圧縮力だけで伝わり、ガウディが錘を吊るした模型実験で設計に取り込んだ。
正教会の修道院で共同体の主要な礼拝が行われる中心聖堂。「全体の」を意味するギリシア語に由来し、周囲に僧房や食堂が配される。
中世からルネサンス期のイタリアで、大聖堂など大規模建築の造営を統括した棟梁・主任建築家。設計から石工の差配までを担い、長期の事業では次々に職が継がれた。
チャンパの寺院の中心をなす煉瓦造の塔状祠堂。聖室にリンガや神像を安置し、基壇・身舎・段状の屋根で須弥山をかたどる。ベトナム中部のミーソン聖域などに残る。
円柱の代わりに梁や軒を支える女性像の柱。古代ギリシアに起源をもち、アテネのエレクテイオンの作例で知られる。新古典主義やボザール様式でも用いられた。
音階順に調律した多数の鐘を鍵盤などで鳴らし、旋律を奏でる楽器、またそれを収める鐘楼。15世紀以降の低地地方で発達し、教会や市庁舎の塔に据えられた。
古代ローマの浴場で最も温度の高い熱浴室。床下暖房で温められ、湯を張った浴槽を備えた。
渦巻きや巻物を模した縁取りのなかに、紋章や銘文、図像を収める装飾モチーフ。ルネサンスに現れ、バロック・ロココで壁やファサード、扉口の上を飾った。
1084年に聖ブルーノがフランスのグランド・シャルトルーズに創設した隠修士的なカトリック修道会。会員は個室で沈黙と孤独のうちに祈りと労働に専念する。
ヒンドゥー寺院の中心にある主神を安置する聖室。「子宮の家」の意で、窓のない小さな暗室として造られ、その真上にシカラやヴィマーナがそびえる。
現在のパキスタン北西部からアフガニスタン東部の古代地域。クシャーナ朝下で仏教美術の中心となり、ギリシア・ローマ的な写実と仏教の主題が融合した仏像を生んだ。
一端だけで支えられ、もう一端が宙に張り出した構造。柱なしで庇や床、バルコニーを張り出せ、鉄やコンクリートの発達によりスタジアムの屋根などに広く用いられた。
イギリスの貴族や地主層が地方の所領に構えた大邸宅。所領経営の拠点であると同時に家門の地位を示す舞台で、17〜18世紀に大規模化し広い庭園を従えた。
鐘を吊るすための塔。イタリア語でカンパニーレと呼び、聖堂から独立して建つ例とファサードに組み込む例がある。鐘の音で礼拝の時刻を告げ、都市の景観の指標ともなった。
中世ヨーロッパの城郭で最も堅固に造られた中核の塔状建築。主塔とも訳し、フランス語ではドンジョンと呼ぶ。籠城時の最終拠点であり、領主の居所と権威の象徴を兼ねた。
イスラームの礼拝で身体を向ける、メッカのカアバ神殿の方角。モスクではこれをミフラーブで示し、建物の向きと街路の軸線との調停が設計上の課題となることもある。
隊商の宿泊と物資の保管のため街道や都市に設けた施設。中庭を囲んで宿坊・厩・倉庫を配し、シルクロードやイスラーム世界の交易網を支えた。隊商宿ともいう。
モスクを中心に学校、施療院、給食施設、隊商宿、浴場などを一体に配したオスマン帝国の複合施設。寄進によって建てられ、都市に社会的な核を与えた。
オスマン建築で、庭園に独立して建てられた眺望のよい亭・離れ。休息や接見に用いられ、ヨーロッパに伝わって「キオスク」の語源となった。
四方の腕の長さが等しい十字形。これを平面に用いた教会堂は中央にドームを戴く集中式の構成をとり、ビザンティン建築を特徴づけた。
古代ローマの戦車競走のための細長い競技場。走路の中央を分離帯スピナが貫き、一端に出発門、他端に湾曲した観覧席を置く。
中世から近世のヨーロッパで、商人や職人の同業組合が集会や祝宴のために所有した建物。広場に面して建ち、正面に紋章や彫刻を掲げて組合の富と格式を示した。
陸梁の中央に一本の束を立て、左右の登り梁を吊る木造小屋組。束が引張材として働いて梁の開きを抑え、柱のない大きな空間を架け渡せる。
直線と直角を基調とするアラビア文字の書体。初期のクルアーン写本に用いられ、石や漆喰に彫りやすいことから建築の銘文帯に広く使われた。
建物や塔の頂部を覆う小規模なドーム状の屋根、または大ドームそのもの。教会では交差部の上に載せて天上的な空間をつくり、頂点にはしばしばランタンを戴く。
宮殿や大邸宅の正面に設けた、三方を建物で囲む前庭。フランス語で「名誉の中庭」の意で、訪れる者を中心軸へ導くバロック・古典主義の格式ある構成である。
薄い陶製タイルをモルタルで幾層も貼り重ね、自立するドームやヴォールトを架ける構法。ラファエル・グアスタヴィーノが19世紀末のアメリカで広め、ボザール期の公共建築に多用された。
天井や壁に建築や空間を遠近法で描き込み、実在の構造が上へ続くように見せるだまし絵的な装飾画法。イタリア・バロックで発達し、天井を実際以上に高く広く見せた。
建物に四方を囲まれた方形の中庭、またはそれを核とする建物群の構成。修道院やオックスフォード・ケンブリッジのカレッジで用いられ、英国のカレッジ建築の基本単位となった。
四頭の馬が横一列に引く二輪戦車、またはそれをかたどった彫刻。古代ローマで勝利の象徴とされ、凱旋門や新古典主義建築の頂を飾った。
競技場や競馬場で観客を収める屋根つきの主要な観覧スタンド。座席を階段状に並べたもので、近代スポーツの普及とともに各地に建てられた。
壁面の高い位置に設けた採光用の窓帯。低い屋根より上に立ち上げた壁に窓を並べて上方から光を導き、ゴシックの大聖堂では身廊上部を照らす要となった。
途中に柱や支えを立てず、ひと続きの構造で覆われた無柱の空間、またはその差し渡しの長さ。空港や駅、展示空間など大きな一室空間を要する建築で重視される。
教会堂などの床下に設けた地下空間。聖遺物を納め、聖人や有力者を葬る場で、礼拝にも用いられる。記念碑建築では追悼の場として組み込まれることもある。
古代ローマ建築で地下や半地下に設けたヴォールト天井の回廊。上の建物やテラスを支える基礎となり、暑さや雨を避ける通路や貯蔵庫として使われた。
通常より高温で焼き締めた硬質の煉瓦。表面が部分的にガラス質となり耐久性に富む。北ドイツやオランダの煉瓦建築で重んじられ、レンガ表現主義の要となった。
シク教の礼拝施設。「グルへの門」の意で、聖典を奉じる拝殿と、誰もが入れることを示す複数の入口、無償の共同食堂を備える。黄金寺院が最高の聖地である。
ロシアの中世都市の中核をなす城塞。城壁と塔で囲まれた内部に聖堂や君主の館、行政施設が集まり、モスクワのほかノヴゴロドやカザンなど各地に残る。
切妻の妻壁の上端を屋根の勾配に沿って階段状に刻んだ破風。北海沿岸の低地地方に発し、スコットランドの城館で多用され、19世紀のスコティッシュ・バロニアル様式で復活した。
マルタ諸島に広く分布する、柔らかく加工しやすい淡黄色の石灰岩。
釘や接着剤を用いず、幾何学形に刻んだ木片をかみ合わせて組み上げる木工技法。セルジューク朝期に発達し、ミンバルや扉に用いられた。
水中や軟弱地盤に基礎を築くための底のない箱状の構造物。圧縮空気で水を押し出して作業空間をつくり、掘り下げながら支持地盤まで沈める。
城や城壁都市の門を守る建物。門の両脇に塔を構える双塔式が中世に発達し、落とし格子や狭間を備えて出入口を堅固に守った。
建築・絵画・彫刻・工芸・音楽などの諸芸術を一つの理念のもとに統合する「総合芸術作品」の考え方。建築では内外装から家具までを一貫して設計する姿勢を指す。
チャンパの寺院で主祠堂の傍らに置いた付属の建物。財宝や祭具を納め、供物を調える場とされ、両端が反り上がった鞍形の屋根を特徴とする。
壁面や建物の最上部に水平に張り出した帯状の繰形。古典建築ではエンタブラチュアの最上段にあたり、軒として影を落とし、立面に明快な輪郭を与える。
南インドの寺院の周壁に設ける門塔。段状の上部構造の表面を神像で埋め尽くし、ヴィジャヤナガル王国やナーヤカ朝の時代に巨大化して寺院の景観を支配した。
石材を内側へ少しずつせり出させて積み上げ、頂部で突き合わせて開口や天井を覆う構法。楔石を用いず持ち送りの積み重ねで荷重を逃がし、マヤ建築で広く用いられた。
古代ギリシアの都市国家で、市壁の外に広がる支配領域、とくに耕地を指す語。ポリスは市街地とコーラを一体として成り立ち、土地の区画割りが遺構として残る。
邸宅や宮殿の中心となる主要棟を指すフランス建築の語。左右に翼棟や付属棟を従え、当主の居室や儀礼の空間が置かれる。
超高層建築の中心に設けた、エレベーターや階段、設備を集約する縦の芯。風や地震の横力に抵抗する構造体を兼ね、外周に柱の少ない床を確保できる。
古代ギリシア劇場の扇状にせり上がる観客席。自然の斜面を利用して石段を築き、放射状の階段と水平の通路で区画した。
ロシア建築の半円形や尖頭形の装飾的な破風。女性の頭飾りに形が似ることから名づけられ、屋根やドームの基部に段状に連ねて16〜17世紀の聖堂を飾った。
色大理石やガラスの小片を幾何学文様に組む、中世ローマの象嵌装飾。古代の大理石を再利用し、12〜13世紀にコスマーティ家らの工房が教会の床や説教壇を彩った。
ペルシア建築で、四方ないし多方に開く独立した亭・望楼。庭園や離宮に置かれ、「西洋の帽子」を意味する名は屋根の形に由来する。カージャール朝期に流行した。
古代ギリシアに始まる三つの古典オーダーのうち最も装飾的なもの。柱頭をアカンサスの葉で飾り、古代ローマやルネサンス以降の古典主義建築で好まれた。
銅やクロムなどを少量加え、表面の緻密な錆の層で内部の腐食を抑える低合金鋼。塗装を省けて赤褐色の風合いを保ち、意匠材としても用いられる。耐候性鋼ともいう。
柱を一定の間隔で連ねた列柱、またはそれが支える屋根つきの歩廊。古代の神殿やアゴラに始まり、新古典主義建築でも荘重さと水平の広がりを与える要素として好まれた。
火葬した遺灰を納める骨壺を、壁面に並ぶ多数の小室に安置するための建築。ラテン語で鳩小屋を意味し、近代には火葬の普及とともに各地の墓地に設けられた。
既存の建物を元とは別の用途に転用すること。建て替えより製造時の炭素を大きく節約でき、街の記憶も受け継げるため、21世紀の建築の重要な選択肢となっている。
イオニア式の渦巻とコリント式のアカンサス葉を一つの柱頭に重ねたローマ由来の柱式。ティトゥスの凱旋門に古い例があり、格式の高い建築に用いられた。
初期ロシアの聖堂で、壁面の頂部を半円形などに仕上げた部分。内部のヴォールトの曲線が外壁に表れたもので、ウラジーミルやスーズダリの12世紀の白石の聖堂に典型を見る。
モスクの中庭。礼拝室や柱廊に囲まれ、中央に沐浴泉が置かれることが多い。採光と通風を確保し、大人数の礼拝者を受け止める緩衝空間ともなる。
宮殿やヴィラの地階に設け、庭園へ向かって開いた広間。「地上の間」の意で、イタリア・ルネサンスに起こり、アルプス以北のバロック宮殿にも広まった。
イスラームの聖廟で墓や棺を囲む金属製の格子柵。透かし細工や銘文で飾られ、巡礼者は柵越しに墓所を拝んで格子に触れて祈る。シーア派の聖廟で特に発達した。
曲面をなす薄い板そのものを構造体とし、面内の力で荷重を支える形式。殻構造ともいい、薄い断面で柱のない大空間を覆え、20世紀に鉄筋コンクリートとともに発達した。
北インドのヒンドゥー寺院で聖室の上に立ち上がる高い塔状の上部構造。「山頂」を意味し、ナーガラ様式では垂直の稜線で分けた砲弾形の輪郭をとる。
古代メソポタミアで日干し煉瓦によって築かれた階段状の神殿基壇。頂に神殿を戴き、シュメールからアッシリアへと受け継がれた。ウルのジッグラトが代表例である。
石材を透かし彫りにした格子状のスクリーン。直射日光を和らげて風を通し、視線を遮るインド・イスラーム建築の要素で、ムガル朝の墓廟や宮殿で精緻に発達した。
建物の二層以上にまたがって立ち上がる巨大な単一のオーダー。階ごとにオーダーを重ねる手法に対して垂直性と一体感を強調し、ミケランジェロやパッラーディオが用いた。
モスクに付属する沐浴用の泉。礼拝前の清めのために手や顔、足を洗う設備で、多くは中庭の中央に水盤と噴水を据える。
インドのラージプート建築やムガル建築で壁面から張り出す小型の窓・バルコニー。透かし彫りで覆い、外を見渡しつつ内部を見せない装置として発達した。
靴箱のような細長い矩形の空間に客席と舞台を収めるコンサートホールの形式。側壁からの豊かな反射音が得られ、19世紀の名ホールに範をとる。
教会堂内で内陣と身廊を仕切る障壁状の構築物。上部に十字架像や朗読台を備え、精緻な彫刻で飾られたが、後の典礼改革で撤去された例も多い。ルードスクリーンともいう。
1853年にハンガリーのペーチで創業した陶磁器製作所。虹色の光沢をもつエオシン釉や建築用陶製部材ピログラニットを開発し、ハンガリー分離派の建築を彩った。
薄い木の板を魚の鱗のように重ねて葺く仕上げ。屋根のほか壁面にも張られ、こけら葺きとも通じる素朴で耐候性のある被覆として北欧や北米の木造建築に用いられた。
スペインの聖堂で、身廊と翼廊の交差部の上に高く立ち上げる塔状の構造。多くは八角形で窓から交差部に光を落とし、サモラ大聖堂やブルゴス大聖堂に例がある。
西アフリカのサヘル地帯で発達した土の建築様式。日干し煉瓦を泥で仕上げ、控え壁や尖塔、壁から突き出す木材を特徴とする。ジェンネの大モスクが代表例である。
高層建築の内部や上層階に設けた緑化された共用空間。採光や通風を建物の深部へ導く環境装置としても機能し、コメルツ銀行タワーの例が知られる。
高層建築どうし、または一つの建物の高所どうしを空中で結ぶ橋状の通路。構造や避難の役割を担うほか、展望空間として公開される例もある。
方形の隅に斜めに渡したアーチや持ち送りで角を切り落とし、八角形などに整えてドームを載せる工法。ペンデンティヴと並ぶドーム架構の基本解法で、ペルシアで広く用いられた。
中世から近世のヴェネツィアに置かれた信徒会の組織と、その集会施設。慈善や互助を担い、有力なスクオラ・グランデは一流の画家の連作で飾られた壮麗な会館を構えた。
色の異なる漆喰の層を重ね、上層を掻き落として下層の色で図像を表す壁面装飾の技法。イタリア・ルネサンスで広まり、北方ルネサンスの宮廷建築でも外壁を飾った。
古代ギリシア劇場でオルケストラの背後に建てた舞台建築。俳優の控室や背景を兼ねた小屋に始まり、英語のsceneの語源となった。
初期キリスト教・中世の聖堂で、身廊中央に大理石の低い仕切りで囲った聖歌隊席。左右に説教壇を伴い、後の内陣障壁や聖歌隊席の先駆をなした。
中世ノルウェーを中心に北欧で発達した木造教会。太い柱で骨組みを構成し、垂直材を密に並べた壁と層状に重なる急勾配の屋根、竜頭の彫刻を特徴とする。
1930年代から50年代初頭のソ連で展開した記念碑的な建築様式。過去の様式を折衷した壮麗な装飾で体制の威信を示したが、1955年の決議で公式に否定された。
正教会で、所在地の主教の権限から外れて総主教や主教会議に直属する修道院・教会。総主教みずから十字架を立てた慣行に由来し、リラ修道院もこれにあたる。
石灰や石膏を主材とする化粧漆喰。乾く前は自在に造形でき、壁や天井の立体装飾に用いられる。南ドイツのバロック・ロココ聖堂の室内装飾で主役となった。
碑文や浮彫を刻んで立てる板状・柱状の石の記念物。墓標や境界標、奉献として古代から各地に立てられ、近代以降も記念碑として用いられる。
色ガラスの小片を鉛の桟でつなぎ、図像や文様を表した窓。窓を通る光を色で染め、ゴシックの大聖堂で聖書の物語を伝える「光の絵」として花開いた。
クロムなどを加えて錆びにくくした合金鋼。20世紀初めに実用化され、輝きと耐久性から近代建築の外装や装飾にも用いられた。クライスラー・ビルの頂部が名高い。
仏舎利や聖物を納める半球形や鐘形の仏教建造物。古代インドの墳墓に起源し、礼拝者は周囲を右回りに巡る。東アジアの仏塔の祖型ともなった。
ルネサンス期の君主や人文主義者が読書・瞑想・蒐集のために設けた小書斎。壁面を木象嵌や絵画で飾り、ウルビーノのフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの書斎が名高い。
革帯や金属板を切り抜いて折り曲げたように見せる装飾文様。16世紀の北方ルネサンスでネーデルラントを中心に流行し、破風や墓碑、家具に広く用いられた。
キルクスの走路の中央を貫く低い分離帯。上面にオベリスクや彫像などの記念物が並べられた。
競技場の細長いU字形平面のうち、半円形に湾曲した端部の観覧席。ギリシア語で投石器を指す語に由来する。
棒状の部材を三次元に組んで荷重を分散させる立体的な骨組み構造。少ない材料で広い空間を柱なしに覆え、大スパンの屋根やドームに用いられる。
ローマの水道で水を通す導水渠。石やコンクリートで断面をつくって上部を覆い、内壁に防水モルタルを塗った。大半は地下に埋設され、谷を渡る区間だけ水道橋の上に現れる。
自転車の車輪を横倒しにした原理で大屋根を支える張力構造。外周の圧縮リングと内側の引張リングをケーブルで放射状につなぎ、視界を遮らずに客席を覆う。
古い建造物から取り外して新しい建物に転用した石材や円柱、彫刻などの部材。実用や節約に加え、古代の威光を受け継ぐ象徴的な意味も担った。
ガラスに金属酸化物を加えて発色させ、不透明な板にして細かく割った装飾用ガラス素材。ビザンティン以来のモザイクに用いられ、鮮やかな色と独特の光沢を生む。
型枠を少しずつ上方へ滑らせながらコンクリートを途切れなく打ち継ぐ施工法。継ぎ目の少ない構造物を高く立ち上げられ、煙突やサイロ、塔の建設に適する。
半円ではなく円弧の一部だけを用いた、扁平で迫り上がりの低いアーチ。高さを抑えて広い開口を架けられるが、両端に強い推力が生じるため頑丈な橋台を要する。
19世紀末にウィーンやミュンヘンで、アカデミーの保守的な芸術から分離して新しい芸術を目指した運動。分離派と訳され、ウィーンでは幾何学的で簡潔な造形へ向かった。
建物の上層を下層より後退させ、階段状に細めていく手法。日照の確保や構造・風の負担の軽減に役立ち、20世紀初頭のニューヨークの摩天楼の姿を形づくった。
遺体を納めない、空墓の形をとる記念建造物。「空の墓」の意で、近代以降は遺骸の還らない戦没者を悼む記念碑の呼び名となり、ロンドンのホワイトホールの例が代表的である。
多弁アーチが交差して生まれる菱形の網目文様。ムラービト朝からムワッヒド朝のマグリブとアル=アンダルスで発達し、塔や門の広い面を覆った。
石灰石と粘土を焼成・粉砕してつくる水硬性の結合材。1824年にアスプディンがポルトランドセメントの特許を取り、コンクリートと鉄筋コンクリートの基材となった。
焼成煉瓦の目地に鉄筋を仕込んで張力に抵抗させる、エラディオ・ディエステが体系化した構造技法。安価な在来素材で薄い殻の大スパン屋根を可能にした。
単色の釉をかけたタイルを手で細片に割り、色ごとに組み合わせて星形などの幾何学文様を構成するモザイク装飾。モロッコのフェズを中心に、マグリブとアンダルスの建築を彩る。
中央のアーチ開口を左右の低い方形の開口で挟んだ三連の開口部。セルリオが図版で広め、パッラーディオが好んで用いたことからパッラーディオ式窓とも呼ばれる。
斜めの部材を三角形に組み合わせる構造形式。柱を用いず斜材だけで鉛直荷重と水平力を負担でき、材料効率が高く、柱のない大空間や曲面の外殻に適する。
菱形などの小さな幾何学文様を規則的に連続させた装飾。テューダー期のイングランドの煉瓦造では、暗色の煉瓦で赤煉瓦の壁に菱形の格子を浮かび上がらせた。
建物の外周を二重のガラス壁で覆い、間の空気層で外気温や騒音、日射の影響を和らげる外装手法。空気層を換気に使えば冷暖房負荷も抑えられる。
ペルシア建築で、細い柱の列が屋根を支え外へ開く円柱の広間・前廊。宮殿の謁見の間や邸宅の表構えに用いられ、チェヘル・ソトゥーン宮殿が代表例である。
傾斜した下部(タルー)の上に額縁状に張り出した方形の羽目板(タブレロ)を載せ、段状に重ねるメソアメリカ特有の壁面構成。テオティワカンで顕著に発達した。
カアバを中心に反時計回りに七周する巡礼の所作。ハッジやウムラの中核をなし、聖モスクは中心の立方体を同心に囲む広場と回廊として拡張されてきた。
吊橋で、補剛桁とケーブルの系全体がたわむことで荷重が分散されるとみなす設計理論。桁を軽量化でき、マンハッタン橋で本格的に適用されて長大吊橋の設計を支えた。
教会堂の主祭壇の上を覆う、四本の柱で支えた屋根状の構築物。祭壇を際立たせて聖なる場を画し、石造のものは彫刻やモザイクで飾られる。
ストゥーパを安置し、巡りながら礼拝する仏教の礼拝堂。石窟では奥を半円形に閉じた細長い平面に列柱と筒形天井を彫り出し、正面に馬蹄形の大窓を開いた。
インド建築で壁面から大きく張り出した庇。強い日射を遮り、モンスーンの雨が壁を伝うのを防ぐ。石で造られ、しばしば持ち送りで支えられる。
インド建築で屋根や塔の頂部に載せる、ドームを冠した小さな亭。細い柱が傘形のドームを支え、ラージプート建築やムガル建築の輪郭に華やかなリズムを与えた。
方形平面の四方にアーチを開き、スキンチを介してドームを載せる建築単位。「四つのアーチ」の意で、サーサーン朝の拝火神殿の中心形式となった。
十字に交わる水路と歩道で庭を四区画に分けるペルシア由来の庭園形式。「四つの庭」の意で地上の楽園を表し、ムガル朝のタージ・マハルの庭などに受け継がれた。
ブルガリアなどバルカン半島の伝統的な住宅で、二階以上に設けた屋根付きの半屋外空間。各室をつなぐ動線と夏の居間を兼ね、民族復興期の住宅を特徴づける。
インドネシアに残るヒンドゥー教・仏教の石造祠堂。基壇・堂身・屋蓋の三層で垂直の宇宙観を表し、8〜10世紀の中部ジャワでボロブドゥールやプランバナンが築かれた。
一基の塔状の門を中央で縦に割ったような、左右に分かれた門。バリ島やジャワ島の寺院で俗界から聖域への境界を示し、ヒンドゥー=ジャワ建築を特徴づける。
建物の外周を密な柱と梁で固め、全体を中空の筒のように働かせて風や地震の横力に抵抗する超高層の構造方式。ファズラー・カーンが体系化した。
建物の固有周期に同調させた重りを支え、揺れに対して逆位相で動かして振動を打ち消す制振装置。超高層ビルの上層階に設置されることが多い。
17世紀末から18世紀のスペインとスペイン領アメリカで流行した、極度に装飾的な後期バロックの様式。逆三角形の付柱を重ねて壁面を彫刻的装飾で埋め尽くした。
チベット仏教圏における仏塔の呼称。インドのストゥーパに由来し、方形の基壇、椀形の塔身、階段状の相輪からなる。遺骨や経典を納め、高僧の霊塔ともなる。
古代ローマのキリスト教で、特定の聖職者に委ねられた教区教会。のちに枢機卿が名義上の管轄を担う名義聖堂の制度へ発展した。
教会堂の扉口の上、まぐさとアーチに囲まれた半円形や三角形の壁面。ロマネスクやゴシックの聖堂では「最後の審判」などの彫刻が表され、入堂者を迎える見せ場となった。
オスマン帝国がキリスト教徒の少年を徴用し、改宗させて官僚やイェニチェリとして育成した制度。能力による登用の道となり、建築家ミマール・スィナンも輩出した。
設計のデジタルデータをもとに、コンピュータ制御の機械が部材を直接製造・加工する技術。CNC加工や3Dプリンティングを含み、複雑な形の建築の実現を支える。
メキシコ中央高原に産する多孔質の赤い火山岩。軽く加工しやすいため軟弱地盤のメキシコシティで重用され、白い切石と組み合わせて赤と白の対比を生んだ。
中央の空間の四方に半円形のアプスを張り出した平面形式。四葉形ともいい、古代末期から中世の東方の教会堂に見られる。
ギリシア・ローマの神殿で、神域として区画された敷地とその囲壁。俗なる市街と聖なる領域を隔て、内側に神殿や祭壇、柱廊が置かれた。
フランスのロワール川中流域に産する白色の石灰岩。軟らかく彫刻に適し、空気に触れて表面が硬化する。15〜16世紀のロワール渓谷の城館群の外観を決定づけた。
型で成形して焼成した素焼きの陶製建材。「焼いた土」の意で、装飾を量産でき耐候性にも優れるため、19世紀の歴史主義建築で外装材として広く用いられた。
同一の意匠の住戸を、壁を共有して横に連ねた集合住宅の形式。18世紀の英国都市で広まり、住戸を統一されたファサードに束ねて街路に秩序を与えた。
古代ローマの大規模な公衆浴場。ドームやヴォールトで覆われた大広間の空間構成は、後世の建築に繰り返し参照された。
中世ロシアの邸宅や宮殿の上層に設けた居室、または塔状の建物。急勾配の屋根と色鮮やかな装飾をもち、19世紀末のネオ・ロシア様式がその造形を呼び戻した。
半球などの曲面でつくる屋根・天井。古代ローマのパンテオンで大きく発展し、ペンデンティヴの技法で方形の上にも架けられた。ルネサンス以降は都市の象徴ともなった。
長方形のバシリカ平面の中央部にドームを架けた聖堂形式。縦軸の空間と集中式の空間を統合する解法で、東ローマ帝国からアルメニア、グルジアにかけて発達した。
古代インドのストゥーパの周囲に設けた石造の門。二本の柱の上に反り返った三本の横梁を渡し、表面を仏伝や本生図の浮彫で埋め尽くす。サーンチーの4基が代表例である。
古代ギリシアに生まれた古典オーダーのうち最も古く簡素なもの。台座のない太い柱と簡素な柱頭、トリグリフが並ぶフリーズを特徴とし、パルテノン神殿に代表される。
古典オーダーのうち最も簡素なもの。柱身に溝彫りを施さず、簡潔な柱礎と無装飾のフリーズを備える。古代ローマで体系化され、力強く質朴な印象を与える。
19世紀後半から20世紀初頭のノルウェーで展開した国民浪漫主義の意匠。スターヴ教会やヴァイキング期の竜首や組紐の文様を、住宅やホテル、公共建築に応用した。
細い部材を三角形に組み合わせ、力を各部材の引張と圧縮に分散させる骨組み。軽くて丈夫なため、橋や屋根、塔で大きな空間を柱なしで架け渡すのに用いられる。
温泉や石灰分を含む地下水から沈殿してできた縞模様の石灰岩。加工しやすく堅牢で、古代以来ローマ周辺で用いられ、コロッセオなどの外装を形づくった。
ドームを支える円筒形または多角形の壁体。ドームを高く持ち上げて威容を与え、側面の窓から内部に採光する。ルネサンスやビザンティンのドーム建築で多用された。
ゴシック聖堂の身廊で、大アーケードと高窓のあいだに設ける低い層。多くは屋根裏に面した装飾的な開廊で、垂直三層構成の中段をなす。
二本の直立石の上に一枚のまぐさ石を載せた、三つの石から成る構造単位。ストーンヘンジ中央で馬蹄形に並ぶ五基が最もよく知られる。
数個の直立石の上に大きな平石を載せ、内部に空間をつくった先史時代の石室。多くは墓で、もとは土の塚に覆われていたと考えられる。
ゴシック建築の窓やバラ窓の上部を分割し、ガラスを支える石や木の細い骨組み。曲線を組み合わせた幾何学模様をなし、時代とともに複雑に展開した。
割った陶器やタイルの破片を不規則に組み、曲面を覆うモザイク。カタルーニャ語で「砕いたもの」の意で、ガウディらモデルニスモの建築家が自由曲面を彩るのに好んで用いた。
西アフリカの土造建築で、壁面から突き出すように埋め込んだ木の杭や梁。泥の上塗りを補修する際の恒久的な足場となり、壁面に規則的な陰影を刻む。
平面に描いた絵を、立体や奥行きのある実景のように見せる手法。バロックの天井画で多用され、平らな天井に架空の建築や天空を描いて空間を上方へ開いて見せた。
円形の絵画または浮彫。ルネサンス期のフィレンツェで好まれ、建築ではアーチの肩など壁面の余白に円形の浮彫を嵌め込む装飾として現れる。
古代ギリシア神殿の中心をなす、神像を安置する閉ざされた主室。ラテン語でセラと呼び、周囲を柱列や玄関室が囲む神殿の最も神聖な空間である。
キリスト教聖堂の西側入口と身廊のあいだに設けた前室。初期には洗礼前の求道者が留まる場とされ、外部から聖域へ移る緩衝空間となった。
水の精ニンフに捧げた泉の祠に由来する、噴水や水盤を備えた建築。ローマ時代には壁龕に彫像を並べた記念碑的な噴水施設となり、のちの庭園のグロットや噴水へ続いた。
17〜18世紀のバロック建築の様式語彙を復活させた19世紀後半の歴史主義の潮流。曲面と豊かな装飾、劇的な量塊を特徴とし、劇場や宮殿、公共建築に好まれた。
古代都市の郊外などに営まれた大規模な共同墓地。「死者の都市」を意味するギリシア語に由来し、墓室や副葬品が当時の社会や信仰を伝える。
柱身が螺旋状にねじれた円柱。ソロモン神殿の柱に由来するとされ、ベルニーニがサン・ピエトロ大聖堂の天蓋に用いたのを機にバロック建築に広まった。
リブが網目状に交差して連続する後期ゴシックのヴォールト。プラハの聖ヴィート大聖堂でペトル・パルレーシュが用いたものが嚆矢とされ、中欧で広く発達した。
イランなど中東の乾燥地帯で発達した自然換気のための塔。屋上の開口が風を捉えて室内へ導き、熱気を排出して機械に頼らず室内を涼しく保つ。採風塔ともいう。
一本の柱の頂から多数のリブが放射状に広がり、ヤシの葉のような形をつくるリブ・ヴォールト。中世後期のゴシックに見られ、ドイツ騎士団の城に代表例がある。
最新の工業技術や構造・設備を隠さずに前面に出す20世紀後半の建築の傾向。鉄骨やダクト、エレベーターを外にむき出しにして意匠とし、ロジャースやフォスターが担った。
古代ローマの床下暖房。床を小さな煉瓦の柱で持ち上げて空洞をつくり、炉の熱気を通して床面を温めた。浴場の温浴室や寒冷地の邸宅に広く用いられた。
深層に築く地下鉄駅の構造形式。中央ホールと左右のホームを太い壁体(パイロン)で隔て、その間の通路で結ぶ三廊式で、モスクワ地下鉄で標準的に用いられた。
中世ヨーロッパの大聖堂建設に付属した石工の作業組織。棟梁のもとに石工や徒弟が属し、作図法や技法を継承して、数世代にわたる建設を担った。
正方形の平面を九分割し、中央に主室、四隅に八角形の室を置く集中式の平面構成。「八つの楽園」の意で、ティムール朝からフマーユーン廟を経てタージ・マハルへ受け継がれた。
古代ローマの長方形の公共集会堂、およびその平面形式を受け継いだキリスト教の聖堂。高い身廊と左右の側廊、奥のアプスからなる。
十字架を中心に幾何学文や植物文を浮彫にしたアルメニア特有の石碑。「十字架石」を意味し、墓標や記念、祈念のために中世以降のアルメニア各地で立てられた。
超高層建築の構造方式の一つ。中央のコアから放射状に張り出した翼が互いに控え壁として支え合い、塔全体のねじれ剛性を高める。ブルジュ・ハリーファで採用された。
パッラーディオの古典主義に範をとる様式・運動。左右対称の構成と神殿風の柱廊を特徴とし、18世紀の英国でバーリントン卿らが復興してジョージアン建築の規範となった。
植物パピルスをかたどった古代エジプトの柱。柱身は茎、柱頭は花を表し、開花式と閉花式(蕾形)に大別され、神殿の列柱室を原初の湿地に見立てた。
複数の色釉を一枚のタイル上で同時に焼成するペルシアの多彩タイル技法。モザイク・タイルより施工が速く安価で、サファヴィー朝の大規模建築の外装を彩った。
中世ドイツ語圏の城郭で、領主の居住と儀礼の中心となる広間をもつ館。主塔とは別棟に建て、上階の大広間に窓を大きく開いて装飾を凝らした。
寸法や角度などのパラメータの関係をコンピュータ上で定義し、その値を変えて形を生成・調整する設計手法。複雑な曲面や無数に異なる部材からなる建築を支える。
ゴシック聖堂の正面や翼廊に設ける円形の大窓。放射状のトレーサリーに色ガラスをはめ込み、堂内に光を導くとともに聖書の主題や宇宙の秩序を図像化した。
手すり子と呼ばれる小柱を連ねて笠木を支える手すり状の構造。階段やバルコニー、屋上の縁に設けられ、ルネサンスやバロックの建築で多用された。
南アジアやイスラーム圏でみられた、女性が公の場で他者の視線にさらされないようにする慣習。建築では女性区画の設置や透かし窓の多用となって表れた。
整形式庭園で、低く刈り込んだツゲなどの植栽や色砂利によって地表に幾何学模様を描く花壇区画。17世紀フランスで発達し、バロック庭園の主要素となった。
城壁や塔の隅から張り出し、持ち送りで支えられる小さな円塔状の見張り櫓。角部の死角をなくして防御の視界を確保する。
ストゥーパの半球形の本体の頂部に設ける、方形の欄で囲まれた区画。中央に竿柱を立てて石の傘を戴き、東アジアの仏塔の相輪の祖型とされる。
イスラーム圏の住宅や宮殿で、家族の女性が暮らす私的な領域。家長以外の成人男性の立ち入りが禁じられ、オスマン帝国のトプカプ宮殿では数百室の複合体へと発展した。
身廊と側廊の高さがほぼ等しい教会堂形式。高窓をもたず、側面の大きな窓から光を入れる広い一室のような内部をつくり、中世ドイツのゴシックで好まれた。
中世イングランドのゴシック建築で発達した木造屋根の架構。壁から張り出した短い水平材の上に方杖やアーチ材を組み、中央に柱を立てずに広い空間を覆う。
イスラーム世界の浴場とその建築。古代ローマの浴場を受け継ぎ、温度の異なる部屋を順にめぐる。ドームで覆われ、宗教的な清めと社交の場を兼ねた。
カリンガ様式の寺院で、方形の堂の上に水平の段を幾重にも積んだピラミッド状の屋根をもつ建物。主に拝殿に用いられ、コナーラクのスーリヤ寺院の拝殿が最大級の例である。
1815年頃から1848年頃の中欧の市民社会に広まった様式・趣味。華美を抑えた端正な新古典主義を基調とし、実用と居心地のよさを重んじた家具や室内装飾で知られる。
宮殿や邸宅の主階を指すイタリア語で、「高貴な階」の意。多くは地上階の一つ上に置かれ、天井の高い客間や大広間が集まる。ルネサンス以降の貴族住宅に共通する構成。
フィレンツェ近郊で採れる青灰色の砂岩。ルネサンスのトスカーナ建築で柱や付柱、アーチに用いられ、白い漆喰壁との対比で構造の骨組みを際立たせた。
「絵のように趣のある」さまを尊ぶ18〜19世紀イギリスの美意識。不規則で変化に富む景観や廃墟を好み、風景式庭園や非対称のゴシック・リヴァイヴァルの邸宅に表れた。
イスラーム建築で建物正面に設ける、矩形の枠で縁取られた高い門口。アーチ状の入口を囲んでファサードから張り出し、ペルシアからムガル建築へと広まった。
壁面から浅く突き出す柱形の付け柱。構造よりも装飾の役割を担い、柱頭や台座をそなえて壁面に古典の秩序とリズムを与える。ルネサンス以降広く用いられた。
古代エジプト古王国時代の王墓を構成した施設の総称。ピラミッドの東に葬祭神殿、低地に河岸神殿を置いて参道で結び、第4王朝のギザで定型が整った。
オベリスクやピラミッドの頂部に載る四角錐の石。古代エジプトでは太陽神の光の象徴とされ、金属を張って陽光を反射させた例もある。
一つの傑出した建築が、衰退した都市の経済や知名度を一変させる現象。1997年開館のビルバオ・グッゲンハイム美術館がビルバオを観光地へ変えたことにちなむ。
丘陵の高所を利用し、斜面を削って土塁・堀・木柵を巡らせた集落または砦。ヨーロッパでは青銅器時代から鉄器時代に広く築かれ、土と木による防御建築の代表である。
建物の1階部分を柱だけの開放空間とし、主要な床を地上から持ち上げる手法。ル・コルビュジエが「近代建築の五原則」の一つに掲げ、モダニズム建築で多用された。
施釉した陶製の建築被覆材。成形・焼成した粘土に色釉を施したテラコッタ・ブロックで、耐候性と発色のよさから19世紀末以降の都市建築や駅舎の外装に用いられた。
素材が本来もつ表面の質感や物性を造形の価値として重んじる、ロシア構成主義の中心概念。タトリンが追求し、材料の真実を露わにする近代建築の感性につながった。
建物の正面、通りや広場に面してその建物の「顔」となる立面。出入口や窓、柱、装飾の配置によって、建物の性格や格式を外へ向けて表す。
扇を広げたような放射状のリブで天井を覆う、イングランド後期ゴシックに特有の構法。円錐形の面に同じ曲率のリブを等間隔に張り、15〜16世紀に発達した。
実用より風景の点景や装飾を目的として建てる建築物。18世紀以降のイギリスの風景式庭園で流行し、人工の廃墟や塔、模擬の神殿などがつくられた。
16世紀のフォンテーヌブロー宮殿の装飾に携わった芸術家たちの総称。引き伸ばされた優美な人物像とフレスコ・スタッコを組み合わせた装飾で、北方のマニエリスムに影響した。
身廊上部のヴォールトが外へ押し広げる横推力を、半アーチ状の飛梁で外の控え柱へ伝えるゴシック建築の構造装置。壁を薄くして大きな窓を開けることを可能にした。
工場で製造した大型のコンクリートパネルを現場で組み立てる建設工法と、その工法による建物。旧東ドイツなど戦後の社会主義圏で集合住宅の大量供給に用いられた。
15世紀末から16世紀のスペインで流行した装飾的な建築様式。銀細工のように繊細な浮彫を扉口やファサードに施し、スペイン・ルネサンスの初期を彩った。
14世紀末から16世紀にフランスを中心に展開した後期ゴシックの様式。窓のトレーサリーが炎の揺らめくような曲線を描くことから名づけられ、装飾の精緻化へ向かった。
古典建築のエンタブラチュアのうち、アーキトレーヴとコーニスにはさまれた帯状の部分。ドーリア式ではトリグリフとメトープが並び、イオニア式などでは連続浮彫で飾られる。
開口部の外側に庇やルーバーを設け、強い日射を遮りながら採光と通風を確保する手法。ル・コルビュジエが理論化し、ブラジル・モダニズムで多用された。
20世紀初頭にフランク・ロイド・ライトがアメリカ中西部で展開した住宅様式。低く水平に伸びる屋根と深い軒で平坦な風景と一体化し、内部空間を流れるように連続させた。
工場で成形・養生したコンクリート部材を現場で組み立てる工法、またその部材。品質が安定して施工が速く、外装パネルとして表情のある壁面をつくれる。
壁に塗った漆喰が生乾きのうちに、水で溶いた顔料で描く壁画の技法。顔料が壁と一体に固着して堅牢だが修正がきかず、ルネサンスからバロックの壁画・天井画を支えた。
鋼材に引張力を与えてコンクリートにあらかじめ圧縮力を導入し、ひび割れを抑える構造技術。大きなスパンや薄い断面を実現し、橋梁や大屋根に広く用いられる。
屋根の棟や交差部の上に立つ細身の小尖塔。フランス語で「矢」を意味し、木や金属で軽やかにつくられ、ゴシック大聖堂の交差部にしばしば架けられた。
建物の部材を工場で規格生産し、現場では組み立てるだけにする方式。1851年の水晶宮が先駆で、工期の短縮と規模の拡大を可能にし、近代建築の前提となった。
客席と舞台を隔てる額縁状の構え。その開口(プロセニアム・アーチ)を通して観客は舞台を見る、19世紀以来の劇場建築の基本形式である。
古典建築で、建物や開口部の上に載る三角形または半円形の破風。古代ギリシア神殿の妻面に始まり、ルネサンス以降の古典主義建築に受け継がれた。
ピョートル大帝の治世に新都サンクトペテルブルクで展開したロシア・バロックの初期様式。淡い色の壁に白い付柱を配した抑制的な外観で、トレジーニらが基礎を築いた。
中庭や建物の外周を列柱がぐるりと取り巻く構成、またその列柱廊。古代の神殿や邸宅の中庭を秩序づけ、新古典主義でも記念碑的なモチーフとして復活した。
19世紀末から第一次世界大戦勃発までの、フランスを中心とするヨーロッパの繁栄と享楽の時代。保養地の社交文化やアール・ヌーヴォーの建築がその気分を映した。
中世ドイツ語圏の城郭の高い主塔。見張り台と最後の避難所を兼ねるが常時の住まいには用いず、入口を高い位置に設けて梯子を外せば入れない構造とした。
水路で全体を四分割する幾何学的な構成を基本とするイラン高原発祥の庭園。十字の水路は楽園の四つの川を象り、のちにムガル帝国の庭園にまで影響を広げた。
新石器時代のブリテン諸島に築かれた、円形の堀と土塁からなる囲い地。堀を内側・土塁を外側に置く構成をとり、儀礼や集会の場と考えられる。
方形の平面の上に円形のドームを架けるための三角形の球面。四隅を球面の三角形で埋めて円い環をつくり、ビザンティン建築がこれを大成してハギア・ソフィアの大ドームを実現した。
古代エジプトの太陽神学で、原初の水から最初に隆起した丘を表す聖石。ヘリオポリスで祀られ、オベリスクの尖端やピラミッドの頂点はこの形を写したと考えられている。
イングランド南部ポートランド島産の白色系の石灰岩。緻密で加工しやすく風化に強く、セント・ポール大聖堂などロンドンの記念碑的建築に用いられてきた。
鞭がしなる瞬間のような、勢いよく非対称に波打つ曲線。植物の蔓や茎から引かれたアール・ヌーヴォーを最も特徴づける装飾モチーフである。
パリのエコール・デ・ボザールの教育を背景に19世紀から20世紀初頭に広まった折衷的な古典主義建築。左右対称の堂々たる構成と豊かな彫刻装飾を特徴とする。
複数の色材で建築の表面を構成する多色装飾の手法。色違いの石材やモザイク、彩色、金箔を組み合わせ、古代以来、19世紀の歴史主義まで用いられた。
建物の入口前に設けた、柱に支えられた屋根付きの空間。古代神殿の正面に由来し、列柱と切妻を組み合わせた構えは古典主義建築の正面を飾った。
建物の玄関前に張り出した屋根付きの車寄せ。来訪者が雨に濡れずに馬車や自動車を乗り降りできるよう、車道の上に屋根を架ける。
二本の支柱の上に水平材のまぐさを渡す、最も基本的な構造形式。ストーンヘンジやギリシア神殿が古典的な例で、曲げに弱い限界をのちにアーチやヴォールトが超えた。
木などで組んだ細かな格子のスクリーン。イスラーム建築の窓やバルコニーに用いられ、外からの視線を遮りつつ光と風を通し、強い日射を和らげる。
人面や怪異な顔を象った建築装飾。要石やファサード、噴水などに据えられ、魔除けと装飾を兼ねる。古代に起源をもち、ルネサンス以降のヨーロッパで広く用いられた。
古代エジプト初期王朝期に地下の墓室の上へ築かれた、台形で平らな屋根をもつ墓。アラビア語で「ベンチ」の意で、のちの階段ピラミッドへ至る発展の起点に位置づけられる。
城壁や塔の上部を外へ張り出させ、床の穴から真下の敵に石などを落とせるようにした構え。12世紀以降の西アジア・地中海世界で石造の常設構造となった。
イスラーム世界の高等教育施設。中庭を囲んで学生の房と講堂を配し、四イーワーン式が広く用いられ、モスクと一体の複合施設の中核として営まれることも多かった。
16世紀のイタリアに興った、盛期ルネサンスの調和と均整をあえて崩す傾向。古典の語彙を用いつつ比例の引き伸ばしや規則の逸脱を好み、バロックを準備した。
白い錫釉の上に多彩な絵付けを施した陶器、およびその技法。イタリア・ルネサンスで発展し、建築では外壁を飾る色釉タイルとして分離派の建築家らに好まれた。
殉教者の墓や殉教の場を記念してその上に建てた初期キリスト教の建築。聖遺物や聖地を囲み示すため、集中式の平面をとることが多い。
傾斜面が途中で折れ、下部を急勾配・上部を緩勾配とする二段勾配の屋根。フランソワ・マンサールにちなむ名で、屋根裏に広い居住空間を確保できる。
ヒンドゥー寺院や仏教寺院で聖室の前に設ける列柱の広間。参拝者が集い儀礼や舞踊が行われ、聖室の暗がりと対照をなして寺院に段階的な空間の序列を与える。
仏教やヒンドゥー教で、宇宙の構造や悟りの境地を象徴的に表した幾何学的な図像。中心と周縁、方形と円を組み合わせ、建築として立体化されることもある。
ユダヤ教の儀礼的な浄めのために全身を浸す沐浴槽。自然に得られた水を満たす必要があり、中世の作例は地下水位まで階段で掘り下げた半地下の構造をとる。
ローマ帝国期のミトラ教の礼拝室。洞窟を模した半地下の細長い空間の両側に長椅子を備え、奥に牡牛を屠るミトラスの浮彫を据えた。
モスクに付属する、礼拝への呼びかけのための塔。地域や時代で角形・円筒形・鉛筆形など多様な形をとり、オスマン建築では細く高い鉛筆形が発達した。
モスクの礼拝室の壁に設ける壁龕で、メッカの方角(キブラ)を示す。モスクのなかでも最も装飾が凝らされる部分の一つで、信仰の焦点を空間に示す。
宇宙線から生じるミューオンを使い、巨大な物体の内部を透視する技術。物質が厚く密なほど粒子が減ることを利用し、ピラミッドの内部調査などに用いられている。
モスクで金曜礼拝の説教を行うための階段状の説教壇。ミフラーブの傍らに置かれ、木や石、大理石でつくられ彫刻や象嵌で飾られる。
小さな窪みを段状に積み重ねた、鍾乳石や蜂の巣のようなイスラーム建築特有の装飾的な持ち送り・天井。アーチからドームへの移行部などを無数の小面に分解する。
レコンキスタ期以降のイベリア半島で、キリスト教社会に残ったムスリムの工匠が手がけた建築・装飾の様式。煉瓦の組積と幾何学文様、組み木の格天井を特徴とする。
巨大な一つの構造体の中に多数の住居や施設を組み込む巨大建築の構想。1960年代に流行し、メタボリズムやアーキグラムが未来都市として描いた。
1960年に日本で提唱された建築・都市の運動。建物や都市を、部分を取り替えながら成長・変化する生き物のようにとらえ、黒川紀章や菊竹清訓らが担った。
建物の外壁そのものを映像や光の表示面として用いる手法。照明やLED、可変パネルを制御して文字や映像を映し、外皮を都市に向けた発信装置へと変える。
地面に垂直に立てた一個の長い石。先史時代の巨石記念物のうち最も単純な形で、単独のものから列をなすものまである。ブルターニュのカルナック列石が名高い。
小さな色石やガラス片を漆喰に埋め込み、図像や文様を表す装飾技法。古代ローマで床装飾として発達し、ビザンティンでは金地のガラスモザイクが壁面やドームを覆った。
盛土した人工の丘の上に塔を据え、麓に堀と柵で囲った郭を付属させた初期中世の城郭形式。ノルマン人がイングランド征服期に各地へ短期間で築いた。
ル・コルビュジエが人体の寸法と黄金比、フィボナッチ数列を組み合わせて考案した寸法体系。1948年に発表し、ユニテ・ダビタシオンなどの設計に用いた。
19世紀末から20世紀初頭のカタルーニャで花開いた、アール・ヌーヴォーの地域的な展開。曲線や有機的な装飾、破砕タイルを用い、ガウディがその最も独創的な担い手となった。
骨組みに外皮を張るのではなく、外皮そのものを構造体として荷重を支える方式。航空機や自動車で発達し、建築では大スパンの屋根や曲面シェルに応用される。
イル・ハン朝期のイランで作られた陶器とタイルの技法。濃い青の釉の上に上絵付けと金箔を施し、ラピスラズリを指すペルシア語に名が由来する。
柱と梁の接合部を剛接合とし、骨組み全体で荷重に抵抗する構造形式。筋交いや耐力壁なしで水平力を受けられ、開放的な空間をつくりやすい。
正教会で、多数の修道士を擁する大規模な男子修道院に与えられる最高位の称号。「小路」を意味するギリシア語に由来し、キーウ・ペチェールシク大修道院などがこれを称する。
塔状の構造のなかを螺旋を描いて上る傾斜路。階段より多くの人や車両を緩やかに昇降させられ、スタジアムや駐車場の動線に用いられる。
縦木が横木より長い十字形。長い身廊と短い翼廊が直交する西方教会の代表的な聖堂平面で、祭壇へ向かう明確な軸線をもつ。
人の頭、牡牛または獅子の胴、鷲の翼をもつ有翼の霊獣像。メソポタミア以来オリエントの宮殿門の両脇に据えられ、アケメネス朝のペルセポリスにも受け継がれた。
細く背が高く、上端が尖頭アーチで閉じる窓。槍の穂先を思わせる形からこの名があり、12〜13世紀の初期イングランド・ゴシックを特徴づけた。
ドームやクーポラの頂部に載せる小さな塔状の構造物。側面の開口から内部へ光を導く採光装置であると同時に、外観の頂点を飾る意匠となる。
教会堂の交差部の上に立ち上げ、側面の窓から堂内へ光を落とす塔。内側から見上げると灯籠のように明るく輝き、ノルマンディーとイングランドの聖堂で好まれた。
過去の様式を意識的に復興して用いること。19世紀にはギリシア、中世、ロマネスク、エジプトなどの様式が呼び戻され、それぞれに時代精神や用途の意味が託された。
建物の正面で壁面から前方へ突き出した部分。立面に陰影と律動を与え、宮殿や公共建築で中央には主入口を、両端には対称性を強調する役割を担わせた。
ヴォールトの稜線に細いリブを渡し、その骨組みに薄い面材を張る構法。荷重をリブに集めて柱へ導くため天井を軽くでき、ゴシックの大空間を支えた。
モスクや隊商宿の中庭を囲む列柱廊。日差しと雨を避けつつ中庭と礼拝空間をつなぐ緩衝帯で、学習や休息の場ともなった。
シヴァ神を表す円柱状の象徴。ヒンドゥー寺院の聖室に据えられて寺院の構成の中心となり、多くは水を受ける台座ヨーニと組み合わされる。
石材の表面を粗く仕上げ、目地を深く刻んで量感を強調する壁面の手法。建物の下層に用いて重厚な土台の印象を与え、ルネサンスのイタリアの宮殿で好まれた。
インド東部オディシャのカリンガ様式で、聖室の上に立つ曲線的な高塔をもつ本殿。垂直の稜線で分節された砲弾形の輪郭をとり、リンガラージャ寺院が代表例である。
祭壇の背後に立てる大型の装飾衝立。区画ごとに聖書の場面の彫刻や絵画を嵌め込み、スペインでは内陣の奥を床から天井まで覆うほどに巨大化した。
火山灰・石灰・水・骨材を混ぜて固める古代ローマの建材。型枠に流し込んで自由に成形でき、アーチやヴォールト、パンテオンのドームの大規模化を可能にした。
岩や貝殻、水しぶきを思わせる非対称で軽やかな曲線の装飾。18世紀フランスに生まれてロココの名の由来となり、南ドイツの教会堂やフランスの邸宅の室内を彩った。
18世紀前半のフランスに始まった装飾様式。軽快で優美な曲線、淡い色調、非対称のロカイユ装飾を特徴とし、とりわけ室内装飾で漆喰細工や鏡、金箔の華やかな広間を生んだ。
円形の平面をもち、ふつうドームを戴く広間や建物。古代ローマのパンテオンを範とし、新古典主義の公共建築でしばしば中心的な空間として設けられた。
片側を柱列で開いた、屋根のある回廊や空間。日差しや雨をしのぎつつ外気を取り込めるため、イタリアの宮殿や広場で好んで用いられた。
等辺三角形を連続させて構成するトラスの一形式。斜材を交互に傾けて部材を効率よく使い、軽量に大きなスパンを架けられる。19世紀半ばに考案された。
所有者が財産を神に帰属させ、その収益を特定の目的に永続的に充てるイスラーム法上の寄進制度。モスクやマドラサ、病院の維持費を長く支えた。
石材を組まずに、一つの岩塊から建造物全体を彫り出す手法。岩盤を掘り下げて周囲を切り離し、内外を削って柱や室をつくる。ラリベラの岩窟教会が代表例である。
内陣を三つの半円形のアプスで囲み、平面を三つ葉形に構成する形式。初期キリスト教やビザンティン建築に源をもち、祭壇空間を包む集中的なまとまりを生む。
神殿の前面と背面の両方に柱廊を設け、側面には柱を立てない古代ギリシア神殿の平面形式。周柱式より小規模な神殿に用いられ、アテーナー・ニーケー神殿が代表例である。
切妻屋根の前後両方の流れを長く伸ばして庇とした神社本殿の屋根形式。流造を左右対称にしたものにあたり、厳島神社の本殿が代表例である。
石窟の中央に方柱を掘り残し、その周囲を巡って礼拝できるようにした窟の形式。インドのチャイティヤ窟に起源し、中国では北魏期の莫高窟や雲崗石窟に多い。
朝鮮半島の木造建築で、柱・梁・軒裏などに施す彩色装飾。五方色を基調に文様を描き、木材の保護と建物の格の表示を兼ねる。
吊橋や斜張橋で、ケーブルを支えて橋桁を吊るために高くそびえる塔。橋の荷重を集めて基礎へ伝える構造の要で、その形が橋の姿を大きく左右する。
モルタルなどの接合材を用いず、加工した石を組み合わせるだけで築く石積み。インカの石組みは隙間なく噛み合い、マチュ・ピチュやグレート・ジンバブエに高度な例がある。
二条のらせん階段が同じ軸のまわりを交わらずに巻き上がる構造。昇る者と降りる者が出会わずにすれ違え、シャンボール城の中央階段がよく知られる。
聖堂の東西両端に内陣を設ける形式。オットー朝以降のドイツのロマネスク建築にしばしば見られ、二つの礼拝の中心が共存した。
内外二層の殻の間に空隙を設けて構成するドーム。一枚の厚い殻より軽く、外観の高さと内部の見え方を別々に整えられる。ブルネレスキのフィレンツェ大聖堂が名高い。
同じ平面の聖堂を上下二層に重ねた教会建築の形式。上層を領主、下層を一般信徒などが使い分け、11〜12世紀のドイツ語圏で多くつくられた。
仏舎利を納める塔が東アジアで木造化・高層化し、五層の屋根を重ねた仏塔。中心を心柱が貫き、深い軒と組物が独特の外観をつくる。法隆寺の五重塔が現存最古級である。
二つの半円筒形のヴォールトを直角に交差させて架ける天井構造。荷重が四隅に集まるため柱間を広く取りやすく、古代ローマからロマネスクの身廊天井へ受け継がれた。
バシリカの身廊で円柱と角柱を規則的に交互に並べる手法。オットー朝から初期ロマネスクのザクセン地方で好まれ、整然とした比例計画と結びついた。
仏像を安置するため壁面や岩肌を浅く掘り込んだくぼみ、またはそれを模した容器。中国の石窟では寄進者が一つずつ龕を開き、無数の龕が崖を埋めた。
仏教寺院の建物群と、その配置全体を指す語。塔・仏殿・法堂・門・回廊の並べ方を伽藍配置と呼び、時代と宗派によって型が変わる。
庭園の外にある山や樹林、塔などの景物を意図的に庭の構図へ取り込む造園手法。不要な部分を遮って視線を絞り、限られた敷地を広く見せる。
バシリカ式の聖堂で、身廊の両側に列柱で区切られて並行する低い通路空間。身廊との高低差に高窓を設けるのが基本形で、大規模な聖堂では両側に二列ずつ設けられた。
上部を切妻造、下部を寄棟造のように四方へ葺き下ろした屋根形式。格式の高い屋根とされ、東アジアの宮殿や寺社、日本の仏堂や城郭に広く用いられた。
二つの柱間をまとめて覆い、天井面を六つの区画に分けるリブ・ヴォールト。12世紀後半の初期ゴシックで広く用いられ、太さの違う柱を交互に並べる交替支柱と結びついた。
正方形の内部に十字形の空間を内接させ、中央の四本の柱が支える交差部の上にドームを架ける教会堂の平面形式。中期ビザンティン建築で定型化し、正教圏に広まった。
キリスト教聖堂の東端で、主祭壇と聖職者・聖歌隊の席を置く区域。
19世紀ドイツ語圏に起こった、半円アーチを基調とする折衷的な様式。特定の時代に偏らない合理的な造形をめざし、駅舎や工場、学校などの公共建築に広く採用された。
火山灰が堆積して固まった岩石。軟らかく加工しやすいため古くから建材に用いられ、アルメニアでは桃色や橙色の凝灰岩がエレバンの街並みを彩る。
戦勝や英雄を記念して建てる、アーチを中心とした記念建造物。古代ローマで発達し、上部のアティックに碑文や浮彫を掲げた。後世のヨーロッパでも模された。
外壁から外へ張り出した窓。室内に光と眺めを取り込み、壁面に陰影を与える。ヴィクトリア朝の住宅で広く用いられ、サンフランシスコの街並みの特徴ともなった。
二つの傾斜面が棟で接し、両端に三角形の妻壁が現れる屋根。最も単純な勾配屋根の形式で排水に優れ、世界各地で用いられた。
表面を平滑に整形した方形の石材を、細い目地で規則的な層に積む石積み。均質で端正な壁面をつくり、神殿や宮殿など記念碑的な建築に用いられてきた。アシュラーともいう。
鉄道駅でプラットホームと線路を覆う大屋根空間。19世紀に鉄とガラスの構法で広いスパンの上屋が可能となり、鉄道時代を象徴する建築形式となった。
粗い石積みの芯の外側に張って表面を仕上げる精緻に加工された石材。ピラミッドではトゥーラ産の白い石灰岩が用いられ、ギザのカフラー王のピラミッド頂部に残る。
20世紀の北欧諸国で展開した人間味のあるモダニズム。木や煉瓦などの自然素材、やわらかな曲線、温かな光を重んじ、アルヴァ・アアルトがその代表である。
神社本殿の棟の両端で交差して空へ突き出す一対の部材。破風板を屋根の上へ延ばした形に由来し、神明造や大社造の本殿の外観を特徴づける。
ドームを垂直に半分に切ったような形の屋根。主ドームの推力を受けつつ下の空間を主室と連続させ、ハギア・ソフィアからオスマン建築の大モスクへ受け継がれた。
半円形に石や煉瓦を積んだアーチ。古代ローマで多用され、ロマネスク建築の基本要素となった。厚い壁と太い柱を要し、のちの尖頭アーチがゴシックへの道を開いた。
城門や城壁の前面に独立して築く三角形などの防御施設。堀を渡る橋や門を敵の直射から守り、攻め手を側面から迎え撃つ拠点となった。
一つの大きな半円ヴォールトでホーム全体を覆う地下鉄駅の構造形式。柱列やパイロンをもたない一体的な空間が得られ、ソ連後期のモスクワ地下鉄で採用された。
修道院や参事会教会に付属する聖職者の集会室。会則の一章を朗読したことに名が由来し、イングランドでは中央の一本柱からリブを放射させる多角形平面が発達した。
司教座をもたず、聖職者の団体(参事会)が日々の典礼を営む教会。王侯や有力者が死者のための祈りを維持する目的で創建する例が多かった。
直線の部材を少しずつ回転させて配置し、中央がくびれた曲面をつくる構造形式。まっすぐな鋼材だけで滑らかな塔や殻をつくれ、ロシアの技師シューホフが実用化した。
二本の柱を間を詰めて一対に並べる手法。単独の柱列よりリズムに変化と力強さが生まれ、ルーヴル宮東面の列柱で名高い。
ゆるやかに内側へくぼむように曲げた線や面。五重塔の屋根や日本刀に見られる日本古来の造形で、外へふくらむ「起り(むくり)」と対をなす。
ダムの貯水池から水を取り入れ、発電所や水路へ導くための塔状の構造物。水位に応じて取水口を選べるよう、複数の高さに取り入れ口を設けることが多い。
前後に動かせるように造った観客席。サッカーと陸上競技のように客席とフィールドの形が異なる催しを、一つのスタジアムで行えるようにする。
競技場の芝のフィールド全体を建物の外へスライドさせて搬出できる仕組み。天然芝を屋外で育てつつ、空いた床面をコンサートなどの催事に転用できる。
柱で下から支えるのではなく、塔やマストから張ったケーブルなどで上から吊って架ける屋根。場内に柱なしで広い空間を覆え、競技場や展示場に用いられる。
両端の塔の間に渡したケーブルから吊り材で橋桁を吊り下げる橋。力を主にケーブルの引張りで受けるため、少ない材料で長い支間を渡すことができる。
城壁を二重以上に巡らせ、内側の囲いを外側の囲いが取り巻く形式の城。内外の城壁から同時に射撃でき、十字軍の城に範をとってエドワード1世のウェールズの城で発展した。
社殿や仏堂の正面に屋根を張り出して設けた庇の部分。向拝柱で支えられ、参拝者が礼拝する場となる。軒に唐破風を付けて正面を飾る例も多い。
矩形の建物の四周を一重の列柱で取り囲んだ古代神殿の形式。内部の主室(ケラ)を柱廊が巡り、古代ギリシアのドーリア式神殿に典型的にみられる。
聖堂の内陣を半円状に取り巻く通路。巡礼者が主祭壇を妨げずに聖遺物へ近づけるよう設けられ、放射状に小礼拝堂を開くものも多い。
施設の名称に企業名やブランド名を付ける権利を、対価とともに売買する仕組み。スポーツ競技場やホールで広く採用され、契約により施設の呼称が変わることも多い。
平安時代までに大陸の様式を消化し、日本の好みに合わせて洗練させた在来の仏教建築様式。低い屋根勾配と水平を強調する構成を特徴とし、大仏様・禅宗様と対比される。
中央を山形に盛り上げ、両端へ反り下がる弓形の曲線を描く破風。日本で生まれた形とされ、社殿の向拝や城郭、玄関、門などの正面を飾る。
北宋の李誡が編纂し1103年に刊行した官営建築の技術書。「材」と呼ぶ基準寸法から各部の寸法を割り出す方式を示し、宋代の木造建築を読む一次資料となっている。
中庭の四辺の中央にイーワーンを向かい合わせに配する平面形式。セルジューク朝期のエスファハーンのジャーメ・モスクで確立し、イランのモスクやマドラサの基本形となった。
四つの中心点から描いた円弧を組み合わせた、低く扁平な尖頭アーチ。15〜16世紀のイングランドの垂直式ゴシックやテューダー建築で多用され、テューダー・アーチとも呼ばれる。
神殿などの正面の柱廊に四本の円柱を並べる形式。柱の本数による正面構成の分類の一つで、比較的小規模な神殿や後世の邸宅の玄関に見られる。
修道院や教会に付属し、中庭を四方から囲む列柱付きの歩廊。瞑想や移動の場として修道生活の中心をなし、アーチを連ねた開放的な構成をもつ。
池や築山のまわりに園路をめぐらせ、歩きながら移り変わる景色を鑑賞する日本庭園の形式。池泉回遊式庭園ともいい、江戸時代の大名庭園に多く見られる。
城や邸宅の周囲にめぐらせた防御のための溝。水をたたえるものと空堀があり、敵の接近や坑道掘りを妨げ、城門への経路を橋に限った。
木や葦を芯に粘土を盛り、表面を仕上げて彩色する塑造の像。石彫より自由な造形が可能だが水と衝撃に弱く、彫刻に向かない岩盤の莫高窟で主流となった。
中国の寺院で、歴代の高僧の遺骨や遺品を納めた墓塔が群立する区画。塔の高さや層数は僧の功績に応じて決められ、嵩山少林寺の塔林が現存最大規模である。
古代エジプトの神殿で、門の両脇に立つ台形断面の巨大な壁体。正面に旗竿の溝を刻み、王の戦勝図などの沈み彫りで埋めて、世俗と聖域を隔てる神殿の顔とした。
建物を支える構造体を外壁の外側に露出させて配する構成。生物の外殻になぞらえた呼び名で、構造そのものが意匠となり、ハイテック建築で好んで用いられた。
アーチの内側の輪郭を複数の小さな弧で刻んだ形式。イスラーム建築で広く用いられ、マグリブとアル=アンダルスでは交差させてセブカの文様を生んだ。
多数の柱を規則的に並べてその上に屋根を架けた広間の形式。古代エジプトの神殿に源をもち、イスラーム圏ではモスクの礼拝室の基本型となった。
鎌倉時代初め、東大寺再建にあたり重源が宋の技法を取り入れて用いた建築様式。天竺様ともいう。柱に肘木を何段も差し込んで深い軒を支え、東大寺南大門が代表例である。
天は円く地は方形であるとする古代中国の宇宙観。天を祀る壇は円形、地を祀る壇は方形につくられ、祭祀建築や都市計画、墳墓の形式を規定した。
四角形や八角形の平面の上に立ち上がる急勾配の角錐状の屋根。ロシア語でシャーチョルと呼ばれ、16〜17世紀のロシアの教会堂や塔を特徴づけた。
時刻に加えて太陽や月の位置、月の満ち欠けなど天体の動きを示す機械時計。中世末からルネサンス期のヨーロッパで、都市の富と学識を示す公共の大時計として築かれた。
屋根や天井に設けて上方から自然光を採り入れる窓。トップライトともいい、均質で安定した採光が得られるため、美術館や工房で用いられてきた。
正方形の平面の四方から立ち上がる屋根面が一つの頂点に集まる屋根形式。大棟をもたず、頂部に宝珠などを置く。小規模な仏堂や茶室、楼閣の最上層に用いられる。
過去の道具・材料・技法を再現して実際に作り試すことで、当時の技術や労働を解明する考古学の手法。建築では当時の工具だけで構造物を築いて施工を検証する。
正義や真理など抽象的な観念を、人物像とその持ち物で目に見える形に表した彫刻や絵画。記念碑や公共建築で、国家の理念や為政者の徳を語る手段として広く用いられた。
要塞の外側の地下にあらかじめ掘っておき、攻め手の坑道を探り当てて潰すための防御用坑道。
カトリック教会で教皇から特別の称号を与えられた聖堂。ローマの四大聖堂である大バシリカに対する区分で、世界各地の重要な巡礼地や記念聖堂に授けられる。
塔の頂部を細く高く尖らせた屋根状の構造。ゴシック建築で垂直性を強調する要素として発達し、天を指す象徴と遠方からの目印の役割を担う。
頂部がとがった形のアーチ。半円アーチより横へ広がる推力が小さく高さを調整しやすいため、リブ・ヴォールトや飛梁と組み合わさってゴシック建築の高い内部空間を可能にした。
平らな屋根の上に設けた庭園やテラス。ル・コルビュジエの五原則の一つで、建物が占めた地表の緑を屋上に取り戻す発想に基づき、鉄筋コンクリートの平屋根が可能にした。
石を積まず、崖や岩盤を掘り込んで内部空間をつくる建築。壁も柱も掘り残した岩そのもので、アブ・シンベル、アジャンター、ペトラ、ラリベラなどが代表例である。
聖遺物を目当てに集まる多数の巡礼者を受け入れるため発達した中世の大聖堂の類型。広い側廊と周歩廊、放射状の小礼拝堂を備え、サンティアゴ巡礼路沿いに作例が連なる。
大きな自然石をほとんど加工せずに据えた先史時代の墓や記念物。立石や石室墓、環状列石などがあり、新石器時代から青銅器時代に西ヨーロッパを中心に築かれた。
19世紀初頭のナポレオン期フランスに始まり各国に広がった新古典主義後期の様式。古代の厳格なオーダーと記念碑的な量塊を好み、ロシアでは「アンピール」として展開した。
平野の中の独立した丘陵や台地を利用して築いた日本の城の形式。見晴らしと防御を確保しつつ麓に城下町を配置でき、姫路城や彦根城が代表例である。
年輪の幅が年ごとの気候で異なることを利用し、木材が伐られた年を割り出す年代測定法。基準の年輪パターンと照合し、建築史では建設年代の確定に用いられる。
起伏や樹木を生かした公園のような景観のなかに墓を配する、19世紀以来の墓地の型。パリのペール・ラシェーズ墓地を原型とし、欧米の大規模墓地の手本となった。
塔の中心を貫く太い柱。日本の五重塔に古くから用いられ、塔の揺れを抑えるはたらきがあるとされる。東京スカイツリーはこれに学んだ心柱制振を採用した。
型枠を外したコンクリートの素地をそのまま仕上げとして見せる手法。型枠の跡や肌理が表情となり、ル・コルビュジエの後期作品に由来して戦後のブルータリズムを象徴した。
複数の様式の要素を組み合わせて一つの建物をつくる手法。19世紀後半に盛んとなり、劇場や駅、ホテルなど新しい用途の建築に華やかな折衷様式が好まれた。
ゾロアスター教の礼拝施設。清浄の象徴である聖火を絶やさず保ち、パルティア期以降に屋内に聖火を祀る神殿が広まった。現在もイランとインドで用いられる。
壁が外側へ倒れようとする力を受け止めるため、壁面に直交して付け足す補強の壁体。アーチやヴォールトの推力を支え、ゴシックでは飛梁を介する形式へ発達した。
土砂の崩落を防ぎ、高低差を保持するための壁。背後の土圧を自重や構造で受け止め、傾斜地に平坦面を造成する基本技術として古代から用いられた。
身廊が側廊よりわずかに高いが高窓をもたない教会堂の断面形式。ホール教会とバシリカの中間にあたり、後期ゴシックのドイツ語圏でしばしば採られた。
聖堂の東端で周歩廊の外側に放射状に並べた小礼拝堂。巡礼者や多数の司祭の需要に応え、周歩廊と組み合わせた東端部の構成をシュヴェと呼ぶ。
放物線の形をもつアーチ。荷重をおもに圧縮力として地面に伝え、横への推力が小さい。ガウディが逆さ吊り模型で探究し、構造そのものを形にする発想を示した。
茶の湯の精神を取り入れ、簡素で軽快な意匠を旨とする日本の建築様式。面取りした細い柱や土壁、自然の木材を用い、茶室から住宅や別荘へと広がった。数寄屋造ともいう。
東アジアの木造建築で、柱の上に置いて軒の重みを受け、外へ持ち出す部材の組み合わせ。方形の斗と腕木状の肘木を交互に積み上げ、組物ともいう。
城壁の基部を斜めに厚く立ち上げた構え。グラシとも呼び、坑道戦や破城槌に対して足元を補強し、落とした石を斜面で跳ねさせて敵に当てる効果もあった。
塔から斜めに張ったケーブルで橋桁を直接支える橋。ケーブルを両岸に定着する吊橋とは支え方が異なり、すっきりとした構造で大きな径間を渡せる。
18世紀後半から19世紀に、古代ギリシア・ローマの建築を規範として復興した様式。バロックやロココの装飾への反動として、左右対称と明快な比例、簡素な量塊を重んじた。
表面に釉薬をかけて焼いた煉瓦。雨や塩分に強く鮮やかな色を保ち、新バビロニアのイシュタル門では青地に動物を色釉で描き分ける技法に達した。
粘土に藁などを混ぜて型に詰め、天日で乾かした煉瓦。安価に量産できるが雨や湿気に弱い。石材に乏しいメソポタミアでは建築の主材となった。
リブ・ヴォールトの対角リブに補助のリブを加え、天井に星形の文様を描く後期ゴシックのヴォールト。14世紀以降のイングランドや中欧で発達した。
木材を蒸気や熱、接着で湾曲させて曲面の部材とする技法。繊維を断たず細く強い形をつくれ、トーネットが椅子の量産に、アールトが積層曲げ木の家具に用いた。
室町時代以降に発達した武家や公家の住宅様式。床の間・違い棚・付書院を座敷に備え、畳を敷き詰めた格式ある接客空間をつくる。近世の和風住宅の基本形となった。
建築をその土地や自然、用途と一体の生きた有機体のようにとらえる思想。フランク・ロイド・ライトが唱え、地形・素材・植生と調和する建築を理想とした。
釈迦の前世の物語を描いた絵画や浮彫。捨身の説話が好まれ、文字を読めない者にも教義を伝える絵解きとして働き、インドから中国の石窟へ伝わった。
薄い木の板を少しずつずらして重ね、竹釘で留めていく日本の屋根葺き技法。曲面になじみ軽快な屋根をつくれるため、書院や茶室、楼閣に用いられた。
城の虎口を方形の空間で囲い、二つの門を直角に配して敵の直進を阻む形式。滞留した敵を周囲の櫓や塀から射撃でき、近世城郭の標準的な構えとなった。
格子状の枠で天井面を方形などの窪みに分割した天井。古代ローマでは構造を軽くする工夫であったが、ルネサンス以降は木造の平天井を飾る装飾要素となった。
天井やドーム、ヴォールトの面を区切ってつくる、くぼんだ装飾枠。幾何学的なリズムを生むとともに構造を軽くし、ローマのパンテオンのドーム内面がその代表例である。
劇場の客席を囲んで層状に設けた、小さく仕切られた観覧席。イタリア式のオペラ劇場では馬蹄形の客席に沿って幾層にも積み上げられ、社交の場ともなった。
円を引き伸ばした楕円を基本とする平面。軸に沿った運動と緊張をはらみ、バロック建築で好まれた。ベルニーニのサンタンドレア・アル・クイリナーレ聖堂が代表例である。
壁を横へ長く連続して切り開いた窓。外壁を荷重から解放したことで可能になり、ル・コルビュジエの五原則の一つに数えられる。室内を均質に明るく照らす。
アーチを奥行き方向に押し出した半円筒形のヴォールト。柱なしで広い空間を覆えるが横へのスラストが大きい。古代ローマやロマネスクの聖堂で多用された。
橋桁を途中で支えるため、川や谷の中に立てる柱状の支え。長い橋では複数の橋脚を並べて荷重を分担させる。
建物の形はその用途や機能から導かれるべきだとする考え方。装飾や様式の約束ごとを退け、19世紀末のサリヴァンに遡ってモダニズム建築の中核的な理念となった。
ヒノキの樹皮を薄く剥ぎ、竹釘で幾重にも重ね留めて葺く日本の屋根工法。軽く曲面を自在に扱えるため社寺建築に用いられ、三十〜四十年ごとに葺き替える。
ストゥーパや聖域を囲む石の垣。柱に三本の横木を通して笠木を載せ、木の柵の形を石で再現する。内側は塔の周囲を右回りに巡る通路となる。
過去のさまざまな様式を学び、選び取って用いる19世紀の建築の基本姿勢。新古典主義もゴシック・リヴァイヴァルもその現れで、様式が選択の対象となった近代の自意識を示す。
19世紀末から20世紀初頭の北欧・東欧で興った建築・芸術の潮流。土着の素材や民俗、中世建築に範を求め、国民的アイデンティティを造形に託した。
水路を谷や川の上に渡すための橋状の構造物。古代ローマの石造アーチ橋が知られ、運河の船をそのまま空中で渡す通船可能な水道橋もある。
輪郭線を石の面より深く彫り込み、像を面の内側に沈めて表す彫刻技法。作業が速く、強い日射の下で輪郭が濃い影を落とすため、古代エジプトの屋外の壁面に多用された。
あらかじめ造った函体を水底に掘った溝へ沈めてつなぎ合わせるトンネル。橋を架けにくい浅い海峡や河口に用いられ、オーレスン・リンクでも採用された。
下部がふくらみ頂部へ細く絞り込まれる、洋梨に似た輪郭のドーム。ウクライナ・バロックの聖堂を特徴づけ、球形に近いロシアの玉ねぎ型ドームとは輪郭のなだらかさで区別される。
洗礼を授けるための建物。多くは八角形や円形の集中式平面で中央に洗礼盤を据え、大聖堂に隣接して独立に建てられる。八角形は復活を表す「第八の日」を象徴する。
平らな面から像を浅く浮き上がらせる彫刻技法。背景からの突出が小さく、連続する場面を帯状に展開して物語を語るのに適し、記念柱や建築装飾に用いられた。
要塞の周囲の低地や堀に意図的に水を張り、敵の接近や攻城工事を妨げる防御法。
天球の主要な円環を組み合わせて天体の運行を表す模型・観測器具。ポルトガルではマヌエル1世の紋章となり、マヌエル様式の建築に装飾モチーフとして刻まれた。
長城に沿って一定間隔で築かれた通信用の望楼。昼は煙、夜は火で敵の接近を後方へ中継し、視認と速報のネットワークで防御線を機能させた。
中国の伝統建築で、門の外側や内側に独立して立てる目隠しの壁。影壁ともいう。内部への視線と邪気を遮るとされ、宮殿や寺廟では華やかに飾られた。
湿らせた土を型枠に詰め、突き固めて層状に積み上げる工法。日干し煉瓦と並ぶ土の建築の基本技術で、古代メソポタミアや中国で城壁や基壇に用いられた。
中国の伝統建築で、柱を一列に立てて横材で結び、上に屋根や扁額を載せた門形の構築物。街路や参道、院落の境に立ち、顕彰の記念碑ともなった。
基部よりふくらみ、頂部で尖って閉じる球根状のドーム。ロシアや中央アジア、ムガル朝インドなどで発達し、教会やモスク、廟の象徴的な頂部となった。
鉛釉をかけて低温で焼いた中国建築の色つき屋根瓦。明清期には色ごとに使用者の格が定められ、皇帝の宮殿は黄、天壇は藍とされた。
攻城側が城の周囲を一巡して築く土塁・壁・壕の線。守備側の脱出と外部からの救援を断ち、ローマ軍が体系化した。カエサルのアレシア包囲が名高い。
1960年代以降のモスクワ地下鉄で量産された規格型の柱式駅の通称。開削工法の箱形躯体に二列の柱を並べ、林立する柱の様子が百足の脚を思わせることから名づけられた。
壁面に取り付けた、通り抜けできない装飾的なアーケード。付柱とアーチを連ねて壁面に陰影とリズムを与え、ロマネスクやアルメニアの教会堂で好まれた。
城郭で攻め手が近づける方向に限って、ほかより高く厚く築いた防御壁。ドイツ語でシルトマウアーと呼び、12世紀後半から14世紀のドイツ語圏の山城に多い。
城壁や櫓の壁を細く貫いて設けた射撃用の開口。外側を狭く内側を広く抉り、射手を守りつつ広い射界を得る。日本では矢狭間・鉄砲狭間として造り分けられた。
城の曲輪や天守台を支える石積みの擁壁。野面積みから切込接まで技法があり、上方ほど急になる反りの勾配が登攀を阻み荷重を安定させる。
中世ヨーロッパで聖堂や王室の石造建築の設計と工事を統括した石工の長。近代以前の「建築家」にあたる存在である。
天守や櫓の壁を石垣の上へ張り出させ、床の開口から真下の敵に石を落としたり射撃したりする装置。西洋城郭のマチコレーションと同じ発想である。
砂を固めた鋳型に溶けた金属を流し込み、冷えた後に型を崩して鋳物を取り出す鋳造法。大型で複雑な形にも対応でき、ブロンズ像や鐘の制作に用いられてきた。
ウマイヤ朝が7世紀末から8世紀半ばにかけて、現在のヨルダン・シリア・パレスチナの草原や乾燥地に築いた離宮・農園施設の通称。
切妻や入母屋の屋根の妻側に現れる三角形の面と、その縁を飾る板。入母屋破風・千鳥破風や曲線の唐破風などがあり、日本建築の外観意匠を大きく左右する。
大理石などの母材を彫りくぼめ、瑪瑙や碧玉などの硬い色石を隙間なく嵌めて文様を描く装飾技法。ムガル建築では17世紀に花卉文様として大成した。
1930年代のソ連で公式の芸術理念とされた創作原則。社会主義の理想を大衆に分かりやすく描くことを求め、建築では古典主義に由来する記念碑的・装飾的な様式が奨励された。
鎌倉時代に禅宗とともに宋から伝わった仏教建築の様式。細い部材を緻密に組み、急な反りの屋根や扇垂木、花頭窓を特徴とする。唐様ともいう。
城壁から角状に突き出した、火砲の時代の要塞を特徴づける防御施設。隣り合う稜堡が互いの死角を射撃で補い合い、星形に配した稜堡式要塞が16〜18世紀に発達した。
16世紀のイタリアで確立した火砲時代の築城法。城壁の隅に稜堡を突き出し、低く厚い土塁で砲撃を受けつつ側射で前面を掃射する。星形要塞とも呼ばれる。
膜で覆った室内に送風機で空気を送り、わずかに高い気圧で屋根を浮かせる膜構造。柱のない大空間を軽く安価に覆え、1970〜80年代の屋内競技場で多用された。
線路が行き止まりとなる形式の鉄道駅。頭端式ともいい、ホームの端を結ぶコンコースから各番線へ出入りできる。都市の主要ターミナルに多い。
柱や梁を外に見せず、壁面全体を漆喰などで塗り込める大壁造の技法。火矢や鉄砲に強く防火性に優れ、姫路城の白漆喰総塗籠は「白鷺城」の名を生んだ。
一つの消失点に向かって平行線が収束するように描き、平面に奥行きを表す作図法。15世紀初めのフィレンツェでブルネレスキが示し、アルベルティが体系化した。
城の曲輪・堀・虎口・櫓の配置を計画すること、またその配置。地形を読み敵の進路を屈折させる設計で、輪郭式・梯郭式・渦郭式などに分類される。
教会堂で身廊と直交して左右に張り出す部分。平面をラテン十字形にし、交差部の上にはしばしば塔やドームが架けられる。
柱・梁・筋かいなどの骨組みを強く粘り強くつくり、地震の揺れを受けとめて倒壊を防ぐ構造。日本では関東大震災を機に研究が進み、のちに免震・制振へと発展した。
教会堂で祭服や典礼用具を納め、聖職者が祭儀の支度を整える室。内陣の近くに設けられ、ルネサンスやバロックでは意匠を凝らした見せ場ともなった。
古代エジプトの神殿で、神像を載せて運ぶ儀礼用の舟を安置した祠堂。至聖所の手前のほか、祭礼の行列が休む参道沿いの中継所にも設けられた。
キリスト教の聖堂内で聖体や聖像、聖遺物を安置する小さな構築物。尖塔やアーチ、細密な彫刻で建築的に構成され、礼拝の焦点となる。
城壁や塔の最上部に設けた、凹凸を繰り返す低い壁。高い部分が射手の身を隠し、切れ込みから矢や銃を放つ。中世の防御建築を象徴し、のちには装飾にも用いられた。
断片化や傾き、歪み、ずれによって整った秩序をあえて崩す1980年代以降の建築の傾向。1988年のMoMAの展覧会で名づけられた、運動というより展覧会由来のラベルである。
張力を与えた薄い膜材を主要な面材とする屋根。マストやケーブルで膜を吊って引張力で形を保ち、柱の少ない大スパンを軽く覆う。スタジアムや展示施設に多用される。
布やフィルムなどの薄い膜材を張り、その張力で荷重を支える構造形式。きわめて軽く柱の少ない大空間を覆えるため、スタジアムや展示施設の屋根に用いられる。
柱が床荷重を支えることで間仕切り壁を構造から解放し、各階の部屋割りを自由に決められるようにする考え方。ル・コルビュジエの「近代建築の五原則」の一つ。
構造を内側の柱に移して外壁を荷重から解き放ち、ファサードを自由に構成できるようにする考え方。ル・コルビュジエの「近代建築の五原則」の一つ。
数式で単純に表せない複雑で滑らかな曲面。CADとCAMの発達によって設計と施工が可能になり、うねりねじれる彫刻のような建築の形態を生んだ。
支線などの外的な支えに頼らず、自らの基礎と構造だけで立つ塔状の建造物。広い用地を要さず、高層の電波塔や展望塔に用いられる。
エルサレム神殿の最奥に置かれた神の臨在の場とされる小室。第一神殿では契約の箱を安置し、大祭司が年に一度だけ立ち入ることを許された。
仏舎利を安置するための堂。日本では塔とは別に禅宗寺院などに設けられ、円覚寺舎利殿は禅宗様の代表的な遺構である。
石英・長石・雲母からなる硬く風化に強い深成岩。加工に大きな労力を要し、灰色の岩肌を見せる建築では装飾を排した重厚な表情そのものが意匠となる。
中国の宮殿や寺院の天井中央に設ける、上方へ段状に窪ませた装飾天井。枠を重ねて持ち上げ、斗栱や彩色・彫刻で殿堂の中心を荘厳する。
溶かした蜜蝋に顔料を混ぜ、熱いうちに描きつける古代の絵画技法。乾燥した環境では褪色しにくく、ファイユームの肖像画や初期のイコンに用いられた。
吊橋や斜張橋で、路面を支える桁に剛性を与え、風や偏った荷重による変形や振動を抑える構造。1940年のタコマ・ナローズ橋の崩落以降、その重要性が認識された。
仏堂や塔の外壁に、本来の屋根とは別に差し掛ける庇状の下屋。壁体を雨や日射から守り、外観に層を加える。法隆寺金堂や薬師寺東塔がよく知られる。
アーチの頂点に最後に据える楔形の石。両側の迫石を受け止めて荷重を脚部へ振り分け、これが収まって初めてアーチは自立する。紋章や仮面で飾られることも多い。
酸化鉄を含んで赤褐色を呈する砂岩。加工が容易で彫刻に適し、ムガル建築では白大理石との対比が構成の主題となった。デリーの赤い城の名の由来である。
際立って高い多層の建物。19世紀末のシカゴで鉄骨の骨組みとエレベーターの普及によって誕生し、限られた土地に床を積み上げる手段として世界に広がった。
金属繊維などを混ぜ、通常のコンクリートを大きく上回る強度と耐久性をもたせた材料。薄く繊細な部材や複雑な造形を可能にし、マルセイユのMuCEMに用いられた。
堀を渡る橋のうち、片側を跳ね上げて通行を遮断できる可動橋。中世ヨーロッパの城門の標準的な装備で、落とし格子と組み合わせて門を守った。
橋桁の一端を支点として桁を跳ね上げ、船を通すために橋面を開く可動橋。釣合い錘で桁の重さを相殺し、桁下の高さを確保できない水路で用いられる。
教会堂の入口から内陣へ延びる中央の細長い空間で、信徒が集う主要部。両脇を列柱で区切って側廊を伴うことが多く、その構成は各時代の様式をよく映す。
柱と梁・桁などを縦横に組んで建物の骨組みをつくる木造の基本構法。壁ではなく軸で荷重を支えるため開口部を広くとれ、東アジアの寺社から日本の住宅まで広く用いられた。
建物や庭園を貫く、設計の骨格となる中心線。これに沿って空間や視界を左右対称に配し、視線と動きを導く。バロックの宮殿と庭園で特に重視された。
アーチやヴォールトを構成する楔形の石材。中心へ向かって放射状に積まれ、互いに押し合って荷重を支える。頂部中央のものは要石と呼ばれる。
聖堂の床に石で描かれた、一本道をたどって中心へ至る図形。中世フランスのゴシック大聖堂に多く、聖地巡礼の象徴的な代替路として歩かれたと考えられている。
石材を透かし彫りのように組み、骨組みだけで構成した塔の尖端部。ゴシックの石工技術の到達点とされ、フライブルク大聖堂の塔が最初期の完成例である。
大天守と複数の小天守・櫓を渡櫓で環状に結び、中庭を囲む天守の構成形式。防御性が高いが規模と費用が大きく、姫路城や松山城に見られる。
高い塔の間の桁から吊ったゴンドラを水平に動かし、人や車を対岸へ運ぶ橋。船の通航を妨げず長い斜路も要らないが、現存例は世界に十数橋と少ない。
コンクリートや石材の自重で水圧に抗するダム形式。底部を厚く築いて堤体の重さで貯水を受け止め、構造が単純で信頼性が高い。
釈迦が悟りを開いた座を示す遺構。ブッダガヤの砂岩製のものが原型で、仏の姿を描かない初期仏教美術では空の座が成道の場面を表す図像となった。
19世紀の産業革命期に、鋳鉄・錬鉄とガラスを主な構造・素材とした建築の潮流。温室や駅舎、博覧会場に広がり、明るく広い内部空間を実現した。
圧縮に強いコンクリートと引張に強い鉄筋を組み合わせた複合材料。梁や柱、床、壁を一体に成形でき、19世紀末以降の近代建築を支える基幹技術となった。
鋼材の骨組みで建物の荷重を支える構造形式。外壁を構造から解放して自由な開口を可能にし、19世紀末のシカゴで摩天楼を生んだ近代建築の構造的基盤である。
炭素を多く含み、溶かして型に流し込んで成形する鉄。圧縮に強く複雑な形を量産でき、19世紀には細い柱や梁で橋や駅舎、温室の大空間を支える構造材となった。
鉄に少量の炭素を含ませた、引張・圧縮の双方に強い合金。1856年のベッセマー転炉で安価な大量生産が可能となり、鉄骨の摩天楼や長大橋を支える構造材となった。
柱と梁で囲まれた構面に薄い鋼板を組み込み、地震や風の水平力に抵抗させる鉄骨造の構造形式。鋼材量を抑えやすく、強風地域の超高層に採用されている。
炭素をほとんど含まず、加熱して鍛え延ばせる粘り強い鉄。鋳鉄と異なり引張や曲げに強く、19世紀には駅舎の大屋根や橋、塔などの軽く大きな架構を実現した。
無数の小さな鏡片を組み合わせて壁面や天井を覆うペルシアの装飾技法。光を乱反射させて煌めく室内をつくり、サファヴィー朝以降の宮殿や聖廟で発達した。
地表を掘り下げて構造物を築き、上部を埋め戻して地中に納める工法。地下鉄の浅い駅やトンネルに広く用いられ、工費を抑えやすいが、工事中の地表への影響が大きい。
天候や用途に応じて開閉できるスタジアムやアリーナの屋根。可動のパネルや膜を機械的に動かし、屋外と屋内の双方の利点を得る。
層を段状に積み上げ、頂部の神殿へ至る階段を備えたピラミッド状の祭祀建築。メソアメリカで石や土によって築かれ、平らな頂部は儀礼の舞台となった。
円・正方形・八角形・ギリシア十字など、中心の一点から四方が等しく広がる平面形式。バシリカ式と対をなし、洗礼堂や記念堂、ビザンティンの教会堂に好まれた。
挽き板を繊維方向にそろえて接着剤で積層した木質構造材。無垢材より大きく安定した断面や曲線の部材が得られ、大規模な木造建築の主要な構造材として用いられる。
仏教やヒンドゥー教の宇宙観で、世界の中心にそびえる聖なる山。周囲を山脈と大海が同心円状に取り巻くとされ、アンコール・ワットなど「寺院=山」の造形を生んだ。
地勢・水の流れ・方位から、都市や建物、墓の配置の良し悪しを判断する東アジアの思想。背後に山を負い前に水を臨む地を理想とする。
修道院で修道士が食事をとる共同の広間。静粛のうちに聖書の朗読を聴きながら食事をする場で、長大な矩形の空間をもち、壁に宗教画が描かれることも多い。
弧が半円を越えて下部で再び狭まる、馬の蹄の形をしたアーチ。西ゴート期のイベリア半島に現れ、後ウマイヤ朝のコルドバなどイスラーム西方の建築を特徴づけた。
馬蹄形に湾曲したオペラ劇場の観客席の平面。桟敷席を数層に積み上げて多くの観客を舞台近くに配し、17〜19世紀のヨーロッパの歌劇場で広く採られた。
左右に分かれた二本の階段が弧を描いて上り、上部の踊り場で合流する外階段。玄関を儀礼的に演出し、フォンテーヌブロー宮殿の白馬の中庭のものが名高い。
像が背景の面から大きく突き出し、立体彫刻に近い深さで彫り出される浮彫。強い陰影による迫力ある表現が得られ、建物を飾る記念彫刻に好まれた。
神社本殿の棟の上に、棟と直交する向きで並べる円筒形の部材。茅葺の棟を押さえる重しに由来するとされ、千木とともに神社建築を特徴づける。
神社の神域と俗界の境を示す門形の構築物。二本の柱の上に笠木を渡して貫を通し、直線的な神明系と反りをもつ明神系に大別される。