EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

柱記事 / Pillar — 全18章を1本の年表でたどる

建築様式史

A History of Architectural Styles

古代の神殿から現代の超高層まで、様式の系譜を一本の年表としてたどる。建物・技術・出来事の点を、時代という背骨に沿って結ぶ。

18 CHAPTERS  |  −3000 → 2026  |  177 MILESTONES  |  EST. READ 89 MIN

FIG. 00 / 章ナビ — 様式史の年表軸

−3000 — 500 CE古代・古典 500 — 1400中世 1400 — 1750近世 1750 — 2026近代・現代
CH.03〜08 — 文明圏スイムレーン該当区間

読み筋で絞る / Reading threads

技=構造/技術、意=意匠/様式、用=用途/機能。複数選択で絞り込み。

重要度 / Tier

点の種類 / Kind

建物 技術・素材 出来事
現在地 CH.01 始原 Origins
CH. 01 · 始原
始原 Origins

人はなぜ建てるのか。住むためだけなら洞窟でも足りる。それでも新石器時代の人々は、身の丈を超える石を立て、足もとの土を高く積み上げた。様式という言葉がまだ意味を…

前9600 — 前30 · 8 milestones
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FIG. 01a — 様式帯 / STYLE BANDS

前9600頃
前9600頃 · シャンルウルファ, TR

農耕以前の狩猟採集民が築いた、知られる限り最古級の記念的石造構造物。「建てる」行為が住居に先行しうることを示した。

前4千年紀〜
先史〜
前2650頃
前2650頃 · サッカラ, EG

イムホテプの設計と伝わる、最古の大規模切石建築のひとつ。マスタバの積層から階段状の記念碑へ至る飛躍である。

前2560頃
ギザの大ピラミッド© Nina Aldin Thune / CC BY 2.5
前2560頃 · ギーザ, EG
ギザの大ピラミッドGreat Pyramid of Giza

高さ約146m。以後数千年にわたり地上最高の構造物であり続けた、石造記念碑の極北である。

前2500頃
ストーンヘンジ© Stefan Kühn / CC BY-SA 3.0
前2500頃 · GB

サルセン石の環とトリリトンが立つ巨石記念物。まぐさ式構造の原型と、天文・祭祀と結びついた建築の起源を示す。

前2100頃
前2100頃 · IQ

ウル・ナンム王による日干し煉瓦の基壇神殿。粘土の平原に「人工の山」を築くメソポタミアの答えである。

前2千年紀〜
版築Rammed earth用語集 →
CH. 02 · 古典の確立
古典の確立 The Classical Order

始原の建築が石を「積み、立てる」段階にとどまったのに対し、地中海では石を「組み、架ける」体系が生まれる。ギリシアは円柱の比例に秩序(オーダー)を見出し、ローマ…

前800 — 400 · 9 milestones
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FIG. 02a — 様式帯 / STYLE BANDS

前800 前600 前400 前200 0 200 400
ギリシア建築 ローマ建築
前6世紀頃
前6世紀頃

前6世紀までにドーリア式・イオニア式が確立し、前5世紀末にコリント式が加わる。比例の体系=西洋建築の文法の原点である。

前447-432
パルテノン© Steve Swayne / CC BY 2.0
前447-432 · アテネ, GR

イクティノスとカリクラテスによるドーリア式の完成形。エンタシスなど視覚補正を尽くした神殿建築の規範である。

前421-406
エレクテイオンErechtheion
前4世紀
エピダウロスの劇場Theatre of Epidaurus
前3-2世紀
前3-2世紀
真のアーチとヴォールトThe true arch and vault

エトルリアから継承した迫石のアーチをローマが体系化。まぐさ式の限界を超え、大スパンと「内部」への道を開いた。

前2世紀〜
前2世紀〜

火山灰を用いたオプス・カエメンティキウム。型枠に流し込む自由な造形がヴォールトとドームの空間革命を支えた。

前30頃
出来事 · EVENT
前30頃

現存する唯一の古代建築書。「用・強・美」の三原理は、ルネサンス以降くり返し参照される理論の源流となった。

72-80
コロッセオ© FeaturedPics / CC BY-SA 4.0
72-80 · ローマ, IT

約5万人を収容する円形闘技場。アーチの積層にオーダーを装飾的に併用し、工学と意匠の分業を予告した。

118-128頃
パンテオン© NikonZ7II / CC BY-SA 4.0
118-128頃 · ローマ, IT

直径43.3mの無補強コンクリートドームと頂部のオクルス。「内部空間」という発明の到達点であり、後世のドーム建築の原器となった。

表示モード / VIEW CH.03〜08 Civilizations, in parallel
CH. 03 · 信仰の空間Ⅰ
信仰の空間Ⅰ Early Christian & Byzantine

ローマがアーチとドームで「内部」を獲得したとき、その技術を待っていたのは、新しい信仰であった。神殿の外観ではなく、堂内に満ちる光と空間にこそ神を宿らせる——キリ…

313 — 1568 · 7 milestones
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FIG. 03a — 様式帯 / STYLE BANDS

4世紀
4世紀
バシリカ式の教会転用The basilica adopted

ミラノ勅令後、ローマの世俗集会堂の形式が礼拝空間へ転用される。身廊・側廊・アプスという教会堂の基本形の起点である。

526-547
526-547 · ラヴェンナ, IT
サン・ヴィターレ聖堂Basilica of San Vitale

ラヴェンナに残る八角形の集中式聖堂。モザイクに包まれた内部は、光を物質化するビザンティンの空間観を伝える。

532-537
ハギア・ソフィア© Arild Vågen / CC BY-SA 3.0
532-537 · イスタンブール, TR

幾何学者アンテミオスと技師イシドロスが、ペンデンティヴにより方形平面へ大ドームを架けた。以後の東方建築の原点である。

6世紀
6世紀

方形の平面と円形のドームを球面三角形で接続する解法。ハギア・ソフィアで達成され、ドーム建築の標準語彙となった。

6-7世紀〜
1063-1094
サン・マルコ大聖堂St Mark's Basilica
1568-1575
1568-1575 · エディルネ, TR

ミマール・シナンが自らの最高作としたモスク。ハギア・ソフィアへの千年越しの応答として、単一大ドームの空間を達成した。

CH. 04 · 東方の体系
東方の体系 Islamic & Asian

ペンデンティヴの幾何学が東で別の道をたどったように、ここで視点を地中海の外へ広げよう。本章は時代順ではなく、一つの地理のまとまりである——西アジアから北アフリカ…

前250 — 1857 · 12 milestones
章を読む
691頃
岩のドーム© Ralf Roletschek / GFDL 1.2
691頃 · エルサレム, PS
岩のドームDome of the Rock

エルサレムに建つ現存最古級のイスラーム建築。ビザンティンの集中式とモザイクを継承しつつ、新たな信仰の造形を宣言した。

785-987
785-987 · コルドバ, ES
コルドバの大モスクGreat Mosque of Córdoba

増築を重ねた多柱室に馬蹄アーチの二重アーケードが連なる。後ウマイヤ朝の祈りの空間の到達点である。

8世紀〜
前3世紀起源
780-835頃
ボロブドゥール© Gunawan Kartapranata / CC BY-SA 3.0
780-835頃 · ボロブドゥール, ID

基壇から頂部ストゥーパへ登る立体曼荼羅。建築そのものが仏教的宇宙観の図解となった稀有な例である。

10-11世紀〜
10-11世紀〜

鍾乳石状の持ち送り装飾。構造の移行部を無数の小さなくぼみに分解し、イスラーム圏全域へ広がった。

1113-1150頃
アンコール・ワット© Bjørn Christian Tørrissen / CC BY-SA 4.0
1113-1150頃 · シェムリアップ, KH

スーリヤヴァルマン2世が築いたヒンドゥー寺院。回廊と五基の尖塔で須弥山の宇宙を地上に表した。

1238-1391
アルハンブラ宮殿© Jebulon / CC0
1238-1391 · グラナダ, ES

ナスル朝の宮殿群。水・庭園・ムカルナスが織りなす中庭空間は「地上の楽園」の建築的表現である。

中世〜
現形15世紀頃
シュエダゴン・パゴダShwedagon Pagoda
1611-1630頃
1611-1630頃 · エスファハーン, IR

サファヴィー朝の王の広場に面する彩釉タイルのモスク。ハフト・ラングの青が覆う楽園表象の頂点である。

1632-1653
タージ・マハル© Yann (edited by King of Hearts / Jbarta) / CC BY-SA 3.0
1632-1653 · アーグラ, IN

シャー・ジャハーンが亡妃のため築いた白大理石の廟。チャハル・バーグの庭園と一体で楽園を表す、ムガル建築の頂点である。

CH. 05 · 中世西欧
中世西欧 Romanesque & Gothic

東方の幾何学と装飾から視点を西欧へ戻すと、そこでは石を高く積み、光を求める別の探求が進んでいた。厚い壁に閉ざされたロマネスクの重さから、骨組みだけで天へ伸びる…

1000 — 1500 · 11 milestones
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FIG. 05a — 様式帯 / STYLE BANDS

1000 1100 1200 1300 1400 1500
ロマネスク建築 ゴシック建築
1030-1106
1030-1106 · シュパイアー, DE

ザーリアー朝の皇帝大聖堂。厚壁と半円アーチ、石造ヴォールトの身廊がロマネスクの規模の頂点を示す。

11世紀
1075-1211
1075-1211 · サンティアゴ・デ・コンポステーラ, ES

巡礼路の終点に建つロマネスクの大聖堂。周歩廊と放射状祭室は、巡礼という人の流れが生んだ平面形式である。

1140-1144
サン=ドニ修道院聖堂の内陣© Chabe01 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
1140-1144 · サン=ドニ, FR

修道院長シュジェールが尖頭アーチとリブ・ヴォールト、光の壁を統合した内陣。ゴシック誕生の定点とされる。

12世紀
12世紀

荷重を斜めに逃がす尖頭アーチと、力の流れを線に束ねるリブ。壁を薄く、高く、開くゴシックの構造言語である。

1163-1345
ノートルダム大聖堂(パリ)© P e z i / CC BY-SA 3.0
1163-1345 · パリ, FR

シテ島に建つ初期ゴシックの代表作。都市と一体化した大聖堂という存在様式そのものを象徴する。

12世紀末
12世紀末

ヴォールトの横力を外部の飛梁で受け流す解法。壁を構造から解放し、ステンドグラスの大開口を可能にした。

1194-1220
シャルトル大聖堂© BT / Public domain
1194-1220 · シャルトル, FR
シャルトル大聖堂Chartres Cathedral

焼失後わずか四半世紀で再建された盛期ゴシックの規範。青を基調とするステンドグラスが「光の神学」を体現する。

1220-1288
アミアン大聖堂Amiens Cathedral
1241-1248
1241-1248 · パリ, FR

ルイ9世の宮廷礼拝堂。壁面のほぼ全てをステンドグラスに置き換えた、レヨナン期の到達点である。

1248-1880
1248-1880 · ケルン, DE
ケルン大聖堂Cologne Cathedral

着工から完成まで632年。中世の設計図に従い19世紀に竣工した、大聖堂という「世代を超える事業」の極端な例である。

CH. 06 · 東アジアの木造体系
東アジアの木造体系 East Asian Timber

西欧が石を高く積み上げていたころ、海の東では、まったく異なる原理の建築が数千年を生き継いでいた。木を組み、屋根を架け、朽ちれば建て替える——東アジアの木造建築は…

前1600 — 1868 · 10 milestones
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FIG. 06a — 様式帯 / STYLE BANDS

唐代までに体系化
唐代までに体系化
斗栱(組物)Dougong bracket sets

柱上に組物を重ねて軒を深く持ち出す、東アジア木造の核心機構。荷重分散と意匠が一体化した語彙である。

607創建・711頃再建
法隆寺© 663highland / CC BY 2.5
607創建・711頃再建 · 斑鳩町, JP
法隆寺Hōryū-ji

670年の焼失後に再建された西院伽藍が現存最古級の木造建築群。千年を超えて立つ木の証明である。

690(第1回)
出来事 · EVENT
690(第1回) · 伊勢市, JP
伊勢神宮の式年遷宮Ise Shrine rebuilding

社殿を20年ごとに造替する更新の制度。石の「永遠」に対し、技術の継承によって持続する「木の思想」を示す。

745-752創建
745-752創建 · 奈良市, JP
東大寺Tōdai-ji

大仏を収める巨大伽藍。焼失と再建を重ね、現大仏殿(1709年再建)も世界最大級の木造建築である。

1103
『営造法式』刊行Yingzao Fashi published
1180年代
1406-1420
紫禁城© Han Zheng / CC BY-SA 2.0
1406-1420 · 北京, CN
紫禁城Forbidden City

明の永楽帝が築いた宮城。軸線と門の連なりで権力を演出する、中国木造体系の最大規模の到達点である。

1615頃-1662頃
桂離宮© John Chang / CC BY-SA 3.0
1615頃-1662頃 · 京都市, JP
桂離宮Katsura Imperial Villa

書院と茶屋、回遊式庭園が一体をなす山荘。簡素・非対称・自然との連続という数寄屋の美学の頂点である。

15-16世紀
書院造Shoin-zukuri用語集 →
16-17世紀
CH. 07 · 新大陸の建築
新大陸の建築 Architecture of the Americas

東アジアの木造体系を後にして、視点をはるか海の彼方——アメリカ大陸へ移そう。ユーラシアの諸文明とほとんど接触のないまま、ここでは独自の記念碑文明が花開いた。鉄も…

前1200 — 1533 · 8 milestones
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FIG. 07a — 様式帯 / STYLE BANDS

前1000 前500 0 500 1000 1500
メソアメリカ建築 インカ建築
前100-250頃
テオティワカン© Burkhard Mücke / CC BY-SA 4.0
前100-250頃 · MX

死者の大通りに太陽と月のピラミッドが並ぶ計画都市。ユーラシアと隔絶して達成された記念碑的都市計画である。

1-7世紀
200-900頃
200-900頃 · GT

密林に屹立するマヤの都市国家。急勾配の神殿ピラミッドが石灰岩の垂直性を極めた。

マヤ古典期
マヤ古典期

迫石を持ち送りで迫り出させる擬似アーチ。真のアーチを持たないまま石造空間を実現したマヤの構造解である。

600-1100頃
チチェン・イッツァ© Daniel Schwen / CC BY-SA 4.0
600-1100頃 · MX

エル・カスティーヨは暦を体現する階段ピラミッド。春分・秋分には蛇の影が階段を降りる、天文と建築の一致である。

1325-1487
テンプロ・マヨールTemplo Mayor
1450頃
マチュ・ピチュ© Martin St-Amant / CC BY-SA 3.0
1450頃 · PE

アンデスの尾根に築かれたインカの王領。モルタルを使わない精密な石組みが地形と一体の建築を実現した。

15世紀
乾式石積みDry stone masonry用語集 →
CH. 08 · アフリカの建築
アフリカの建築 Architecture of Sub-Saharan Africa

新大陸を後にして、視点をもう一つの空白域——サハラ以南のアフリカへ向けよう。エジプトの石の文明は第1章で見たが、その南には、まったく別系統の記念碑が育っていた。一…

100 — 1500 · 7 milestones
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FIG. 08a — 様式帯 / STYLE BANDS

300-350頃
300-350頃 · アクスム, ET

一枚岩から彫り出された高さ24mのステレ。古代エチオピアの王権を刻んだ記念碑である。

古代〜
一体彫成Monolithic carving用語集 →
1100-1450頃
1100-1450頃 · ZW

モルタルなしの石囲いが丘を巡る内陸交易帝国の都。サブサハラ最大級の古代石造建築群である。

1181-1221頃
ラリベラの岩窟教会群© Sailko / CC BY 3.0
1181-1221頃 · ラリベラ, ET
ラリベラの岩窟教会群Rock-hewn Churches of Lalibela

地面から掘り下げて一枚岩から彫り出された11の教会。「建てる」のではなく「彫る」建築の極点である。

原型13世紀・現存1907
ジェンネの大モスク© Andy Gilham / CC BY-SA 3.0
原型13世紀・現存1907 · ジェンネ, ML
ジェンネの大モスクGreat Mosque of Djenné

日干し煉瓦による世界最大級の建築。毎年の塗り直しで維持される、共同体の営みと一体の建築である。現存の建物は1907年の再建。

13-14世紀〜
スーダン=サヘル様式の土構法Sudano-Sahelian earthen construction用語集 →

FIG. 03–08s / 文明圏スイムレーン — 同時代を横に読む

CH.03〜08 の全 55 点を、全期間を等スケールにした一本の時間軸へ配置(横位置=代表年)。横スクロールで各文明圏の並行展開を辿る。初期表示は中世盛期に寄せてある。

西欧 Western Europe 11
ビザンティン・イスラーム Byzantine & Islamic 15
南・東南アジア South & Southeast Asia 4
東アジア East Asia 10
新大陸 The Americas 8
アフリカ Africa 7
前200 前100 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 1400 1500 1600
建物 技術・素材 出来事 ← 通史で見るには上部トグルへ
CH. 09 · 再生
再生 Renaissance

非西欧の大伝統を一巡し、視点をふたたび西欧へ戻そう。15世紀のイタリアで、人々は中世の神中心の世界観を離れ、古代ギリシア・ローマの文化を「再生」させようとした。…

1419 — 1600 · 11 milestones
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FIG. 09a — 様式帯 / STYLE BANDS

1450 1500 1550 1600
ルネサンス建築
1419着工
1419着工 · フィレンツェ, IT

フィレンツェの孤児院。柱間の等間隔なアーケードと明快な比例が、ルネサンス建築の最初期の宣言となった。

1410-20年代
1410-20年代
線遠近法の実証Linear perspective demonstrated

ブルネレスキが遠近法を絵画実験で実証し、アルベルティ『絵画論』(1435)が理論として定式化した。空間を数学的に記述する視座は、設計という行為を変えた。

ドーム1420-1436
フィレンツェ大聖堂のドーム© Petar Milošević / CC BY-SA 4.0
ドーム1420-1436 · フィレンツェ, IT
フィレンツェ大聖堂のドームDome of Florence Cathedral

ブルネレスキが仮枠なしで架けた二重殻ドーム。ゴシック期着工の聖堂に載る、ルネサンスの工学的偉業である。

15世紀
1442頃-1478
パッツィ礼拝堂Pazzi Chapel
1446頃-1451
1452成立
出来事 · EVENT
1452成立
アルベルティ『建築論』Alberti: De re aedificatoria

ウィトルウィウス以来の本格的建築理論書。建築家を職人から知識人へ引き上げ、「作者」の時代を開いた。

1502頃
1502頃 · ローマ, IT

サン・ピエトロ・イン・モントリオの小円堂。古典の語彙を完全に消化した盛期ルネサンスの縮図とされる。

1567着工
ヴィラ・ロトンダ(パッラーディオ)© Quinok / CC BY-SA 4.0
1567着工 · ヴィチェンツァ, IT

四面に神殿正面を持つ完全対称のヴィラ。古典の規範を住宅に移植し、後世のパッラーディアニズムの原点となった。

1570
出来事 · EVENT
1570

図版入りの建築書として英米まで波及し、一冊の本が様式を国際化しうることを示した。

CH. 10 · 劇場としての建築
劇場としての建築 Baroque & Rococo

ルネサンスが比例と調和に静かな完成を見たのち、建築は一転して動き出す。楕円とうねる曲面、明と暗の劇的な対比——バロックは、見る者の感情を揺さぶる舞台装置となった…

1506 — 1780 · 11 milestones
章を読む

FIG. 10a — 様式帯 / STYLE BANDS

1550 1600 1650 1700 1750
バロック建築 ロココ
1506-1626
サン・ピエトロ大聖堂© Alvesgaspar / CC BY-SA 4.0
1506-1626 · ヴァティカン市国, VA
サン・ピエトロ大聖堂St. Peter's Basilica

ブラマンテからミケランジェロ、マデルノへ120年を継いだ再建事業。ベルニーニの楕円広場(1656-67)が劇場的空間を完成させた。

1631-1687
1642-1660
1642-1660 · ローマ, IT

星形六角形の平面から螺旋の頂部へ。幾何学を運動へ変換するボロミーニの空間実験の頂点である。

17世紀
1658-1670
1658-1670 · ローマ, IT

横長の楕円平面に劇的な光を注ぐ小聖堂。ベルニーニ自身が最も満足したと伝わるバロックの凝縮である。

1661拡張開始
ヴェルサイユ宮殿© ToucanWings / CC BY-SA 3.0
1661拡張開始 · ヴェルサイユ, FR
ヴェルサイユ宮殿Palace of Versailles

ルイ14世が王権の舞台として拡張した宮殿と庭園。軸線が地平線まで貫く、権力の可視化の極致である。鏡の間は1678-84年。

天井画1685-1694
1710-1728
1720-1744
1730年代〜
1745-1754
1745-1754 · シュタインガーデン, DE

バイエルンの草原に建つ巡礼教会。白と金の軽やかな内部装飾がロココの到達点を示す。

CH. 11 · 啓蒙と復古
啓蒙と復古 Neoclassicism & Revivals

バロックの過剰な劇性が一巡すると、建築はふたたび理性と古典へ立ち返ろうとする。だがそれは、単なる回帰ではなかった。考古学が古今の様式を一望のもとに並べたとき、…

1740 — 1900 · 10 milestones
章を読む

FIG. 11a — 様式帯 / STYLE BANDS

1748
出来事 · EVENT
1748
ポンペイ発掘の開始Excavation of Pompeii begins

埋もれた古代都市の発掘が考古学的な古典理解を生み、想像ではなく実証に基づく新古典主義の土壌となった。

1753
ロージエ『建築試論』(原始の小屋)Laugier: Essai sur l'architecture
1758-1790
パンテオン(パリ)© Camille Gévaudan / CC BY-SA 3.0
1758-1790 · パリ, FR

スフロによる新古典主義の記念碑。ゴシックの構造合理性と古典の形態を統合する試みだった。

1788-1791
1788-1791 · ベルリン, DE

アテネのプロピュライアに範をとるギリシア復興の門。考古学的正確さを求める新しい古典主義の指標である。

1793着工
アメリカ合衆国議会議事堂United States Capitol
1825-1830
1825-1830 · ベルリン, DE

18本のイオニア式列柱が公共に開かれた美術館を告げる。シンケルの新古典主義はモダニズムにまで影を落とす。

1834
ウェストミンスター旧宮殿焼失Palace of Westminster fire
1840-1870頃
ウェストミンスター宮殿(バリー&ピュージン)© Terry Ott / CC BY 2.0
1840-1870頃 · ロンドン, GB

焼失後の再建はゴシック様式が国家の記憶と結びついた画期。「どの過去を選ぶか」という近代の自意識の象徴である。

19世紀
1869着工
ノイシュヴァンシュタイン城Neuschwanstein Castle
CH. 12 · 鉄とガラスの世紀
鉄とガラスの世紀 Iron, Glass & the Skyscraper

「様式を着せる」議論が華やかに続くその足下で、もっと根本的な革命が静かに進んでいた。鉄、ガラス、そして鋼——工場が生み出す新しい素材が、組積造という数千年の前提…

1779 — 1902 · 14 milestones
章を読む

FIG. 12a — 様式帯 / STYLE BANDS

1800 1825 1850 1875 1900
構造表現主義 シカゴ派
1779
1779 · アイアンブリッジ, GB

コールブルックデールに架けられた世界初の鋳鉄橋。石と木の数千年に、工業素材が割って入った瞬間である。

1824
1851
水晶宮(パクストン)© Philip Henry Delamotte / Public domain
1851 · ロンドン, GB

ロンドン万博のために数か月で組み上げられた鉄とガラスのプレファブ建築。1936年に焼失したが、その速度と透明性は建築の前提を変えた。

1853
1853

落下防止機構の公開実験が垂直交通を実用化した。摩天楼はこの装置なしに成立しない。

1856
1856

鋼の大量生産が可能になり、鋳鉄・錬鉄に代わる構造材として摩天楼と長大橋の時代を準備した。

1867特許
1867特許

モニエの特許に始まり、エンヌビックの体系(1892)で実用化。20世紀建築の主素材となる複合材料の起点である。

1865-1877
1871
シカゴ大火Great Chicago Fire
1869-1883
1869-1883 · ニューヨーク, US
ブルックリン橋Brooklyn Bridge

ローブリング父子による当時世界最長の吊橋。鋼線ケーブルの実用化が土木と建築の景観を一変させた。

1885
1885
鉄骨フレーム構造Steel frame construction

ホーム・インシュアランス・ビル(シカゴ)で壁から骨組へ荷重が移った。カーテンウォールと摩天楼の論理の起点である。

1887-1889
エッフェル塔© Benh LIEU SONG / Public domain
1887-1889 · パリ, FR
エッフェル塔Eiffel Tower

パリ万博のための高さ300mの錬鉄塔。装飾ではなく構造計算がかたちを決める、技師主導の建築の宣言である。

1890-1891
1890-1891 · セントルイス, US

鉄骨造の高層に垂直性の表現を与えたシカゴ派の代表作。摩天楼が独自の美学を獲得した画期である。

1896
1902
フラットアイアン・ビルFlatiron Building
CH. 13 · 世紀末の反逆
世紀末の反逆 Arts & Crafts, Art Nouveau

鉄とガラスが工業の勝利を高らかに告げたまさにそのとき、それに背を向ける動きが起こった。機械の冷たい大量生産に対して、手仕事のぬくもりを。直線と直角の歴史主義に…

1861 — 1911 · 9 milestones
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FIG. 13a — 様式帯 / STYLE BANDS

1861
出来事 · EVENT
1861
モリス商会の設立Morris & Co. founded

レッド・ハウス(1859)に続き、モリスが手仕事と生活芸術の実践へ。機械生産への倫理的異議がアーツ&クラフツ運動となる。

1882着工・建設中
サグラダ・ファミリア© Canaan / CC BY-SA 4.0
1882着工・建設中 · バルセロナ, ES

1883年からガウディが手がけた贖罪聖堂。カテナリーアーチと自然の形態論理を突き詰め、着工から140年を超えて建設が続く。

1893
タッセル邸(オルタ)© Karl Stas / CC BY-SA 3.0
1893 · ブリュッセル, BE

鉄を植物のような曲線装飾として露出したブリュッセルの住宅。アール・ヌーヴォー建築の最初の完成形とされる。

1890年代
1897
出来事 · EVENT
1897
ウィーン分離派の結成Vienna Secession founded

クリムトらが官製アカデミズムから「分離」を宣言。オルブリヒの分離派会館が運動の造形を体現した。

1904-1906
1905-1908
カタルーニャ音楽堂Palau de la Música Catalana
1905-1911
1905-1911 · ヴォリュウェ=サン=ピエール, BE

曲線のアール・ヌーヴォーから幾何学的な面へ。総合芸術としての邸宅であり、モダニズム前夜の転回点である。

1910講演
出来事 · EVENT
1910講演
ロース「装飾と犯罪」Loos: Ornament and Crime

装飾を文化の遅れと断じた挑発的講演。世紀末が装飾を極めた直後に、その全否定を予告した。

CH. 14 · 近代の宣言
近代の宣言 Modernism

世紀末が装飾を咲かせきった直後、建築はそのすべてを投げ捨てる。装飾は罪であり、形は機能から導かれ、家は「住むための機械」であるべきだ——。20世紀前半、バウハウス…

1900 — 1980 · 13 milestones
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FIG. 14a — 様式帯 / STYLE BANDS

1907
ドイツ工作連盟の設立Deutscher Werkbund founded
1909
1909 · ベルリン, DE

ベーレンスが工場に近代の造形と威厳を与えた主著。事務所からグロピウス、ミース、コルビュジエが巣立ち、モダニズムの直接の母体となった。

1919
出来事 · EVENT
1919

グロピウスが芸術と産業の統合を掲げて創設。学校そのものが近代運動の綱領となった。

1925-1926
バウハウス校舎(デッサウ)© A.Savin / FAL
1925-1926 · デッサウ, DE

ガラスのカーテンウォールと非対称の構成。校舎自体がバウハウスの理念を語る建築宣言である。

1927
出来事 · EVENT
1927

ピロティ・屋上庭園・自由な平面・横長窓・自由な立面。鉄筋コンクリートが可能にした新しい建築の文法の定式化である。

1927
1928-1931
サヴォア邸© Omar Bárcena / CC BY 2.0
1928-1931 · ポワシー, FR
サヴォア邸Villa Savoye

五原則をひとつの住宅に統合した「住むための機械」。白い箱のモダニズムの規範作である。

1928-1930
1929
バルセロナ・パビリオン(ミース)© Ashley Pomeroy / CC BY 3.0
1929 · バルセロナ, ES

独立した壁と大理石・ガラスが構成する流動空間。1930年に解体され、1986年に原位置へ再建された。

1932
出来事 · EVENT
1932

ヒッチコックとジョンソンが欧州の近代建築を「様式」として提示。運動の思想を切り離した命名が世界標準化を進めた。

1933
バウハウス閉鎖Bauhaus closed
1945-1951
1945-1951 · プラノ, US

8本の柱で床と屋根を浮かせたガラスの住宅。ミースの普遍空間の最も純粋な表現である。

CH. 15 · 地域と表現
地域と表現 Art Deco, Organic, Nordic

前章で宣言されたモダニズムは、白い箱と機能主義を掲げ、世界共通の「国際様式」として広がった。だが、その普遍性に、すべての建築家が従ったわけではない。装飾を捨て…

1900 — 1960 · 9 milestones
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FIG. 15a — 様式帯 / STYLE BANDS

1925
出来事 · EVENT
1925
パリ装飾芸術博覧会Exposition des Arts Décoratifs

「アール・デコ」の名の由来となった博覧会。幾何学装飾の近代が、無装飾のモダニズムと並走を始める。

1928-1930
クライスラー・ビル© David Shankbone / Public domain
1928-1930 · ニューヨーク, US

ステンレス鋼の冠が輝くアール・デコ摩天楼の華。装飾と近代が和解した瞬間の記念碑である。

1926-1931
コルコバードのキリスト像Christ the Redeemer
1930-1931
エンパイア・ステート・ビルEmpire State Building
1936-1939
落水荘(ライト)© Carol M. Highsmith / Public domain
1936-1939 · ミル・ラン, US

滝の上にカンチレバーで浮かぶ住宅。自然との連続を建築の主題に据えた有機的建築の代表作である。

20世紀
1938-1939
1938-1939 · ノールマルック, FI

木と曲線、手触りのある素材で機能主義を人間化した北欧モダンの到達点である。

1949設計競技-1955
1949設計競技-1955 · 広島市, JP

1949年の設計競技に始まる丹下健三の出世作。ピロティの門が慰霊の軸線を通し、戦後日本の建築を国際水準へ引き上げた。

CH. 16 · 近代への懐疑
近代への懐疑 Brutalism, Metabolism, Postmodern

第二次大戦が終わったとき、近代建築は世界を覆う勝者となっていた。だが、その普遍と楽観そのものに、やがて懐疑が向けられる。打ち放しコンクリートに倫理を見いだす者…

1947 — 2022 · 10 milestones
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FIG. 16a — 様式帯 / STYLE BANDS

1947-1952
ユニテ・ダビタシオン(マルセイユ)© U.S. Department of State / Agency for International Development / Public domain
1947-1952 · マルセイユ, FR

打放しコンクリートの巨大集合住宅。戦後コルビュジエの転回点であり、ブルータリズムの源流となった。

1950年代〜
1950年代〜

型枠の跡をそのまま残すコンクリートの表現。素材の正直さという戦後の倫理がブルータリズムの名の由来となった。

1950-1955
ロンシャン礼拝堂© John Lord / CC BY 2.0
1950-1955 · ロンシャン, FR
ロンシャン礼拝堂Notre-Dame du Haut, Ronchamp

白い箱の理性から彫塑的な曲面へ。コルビュジエ後期の転回を示す、近代建築自身による近代批判である。

1959
CIAM解散CIAM dissolved
1960
出来事 · EVENT
1960
メタボリズム宣言Metabolism manifesto

東京世界デザイン会議で黒川紀章・菊竹清訓らが発表。成長と新陳代謝を建築原理に据えた日本発の未来像である。

1966
出来事 · EVENT
1966
ヴェンチューリ『建築の複合と対立』Venturi: Complexity and Contradiction

「Less is bore」でミースの純粋主義を反転。多義性と歴史の引用を擁護し、ポストモダンの理論的起点となった。

1970-1972
中銀カプセルタワー© Jordy Meow / CC BY-SA 3.0
1970-1972 · 東京, JP
中銀カプセルタワーNakagin Capsule Tower

交換可能なカプセルを塔に取り付けたメタボリズムの実作。カプセル交換は一度も行われないまま2022年に解体された。

1972
出来事 · EVENT
1972

セントルイスの近代主義団地の爆破映像が世界に流れ、後に「近代建築が死んだ日」と呼ばれる象徴となった。

1980-1982
1980-1982 · ポートランド, US

色彩と装飾的モチーフを公共建築に復権させたポストモダンの旗印。賛否そのものが時代の転換を示した。

2022
CH. 17 · 脱構築と非線形
脱構築と非線形 Deconstructivism & High-tech

ポストモダンが過去の様式を「引用」してみせた次に来たのは、形態の言語そのものを問い直す試みであった。構造や設備をあえて外へさらけ出すハイテック。整然とした秩序…

1957 — 1993 · 8 milestones
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FIG. 17a — 様式帯 / STYLE BANDS

1957設計競技-1973
1957設計競技-1973 · シドニー, AU

シェル群の屋根は初期のコンピュータ構造解析で実現した。自由な形態と計算技術が結びつく時代の予告である。

1971-1977
ポンピドゥー・センター(ピアノ&ロジャース)© Zairon / CC BY-SA 4.0
1971-1977 · パリ, FR

構造と設備を外部に露出し内部を無柱の自由空間にした「裏返しの建築」。ハイテックの記念碑である。

1978-1986
1978-1986 · ロンドン, GB

サービス・タワーを外周に束ねたハイテックの本丸。金融街の只中で機械の美学を貫いた。

1988
出来事 · EVENT
1988
MoMA「脱構築主義建築」展MoMA: Deconstructivist Architecture

ジョンソンらが7組の建築家を束ねた展覧会。運動ではなく展覧会由来のラベルとして「脱構築」が流通し始めた。

1990年代
1990年代
CAD/CAMと自由曲面CAD/CAM and free-form surfaces

航空機用ソフトウェアの転用が、図面では記述できない曲面の設計・施工を可能にした。形態の解放の技術的基盤である。

1993-1997
ビルバオ・グッゲンハイム美術館(ゲーリー)© Naotake Murayama / CC BY 2.0
1993-1997 · ビルバオ, ES

CATIAで設計されたチタンの自由曲面。衰退都市を再生させた「ビルバオ効果」の語源であり、90年代建築の象徴である。

CH. 18 · 現在
現在 The Present

形態の自由を手にした建築は、いま、まったく新しい問いの前に立っている。気候の危機、資源の限界、社会の公正——「何でも建てられる」時代の次に来たのは、「何を、なぜ…

1972 — 2022 · 10 milestones
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FIG. 18a — 様式帯 / STYLE BANDS

1972
ユネスコ世界遺産条約World Heritage Convention
1995-2000
1995-2000 · ロンドン, GB

バンクサイド発電所を美術館へ転用。「最も環境的な建築は既存建築」という改修の時代の旗艦である。

1990年代〜
1990年代〜
CLT(直交集成板)Cross-laminated timber

板を直交に積層した工学木材。中欧で実用化され、木造を高層・大規模建築の選択肢へ引き戻した脱炭素時代の主素材である。

2008
北京国家体育場Beijing National Stadium
2004-2010
2004-2010 · ドバイ, AE

高さ828m、バットレス・コア構造による現在の世界最高層。超高層の技術的到達点である。

2010
2017-2019
ミョーストーネット© Øyvind Holmstad / CC BY-SA 4.0
2017-2019 · ブルムンダール, NO

高さ85.4m、竣工時世界最高の木造建築。CLTと集成材による木造高層の時代を象徴する。

2019火災・2024再開
出来事 · EVENT
2019火災・2024再開 · パリ, FR
ノートルダム大聖堂の火災と再建Notre-Dame fire and restoration

2019年の火災で尖塔と屋根を失い、2024年に再開。修復技術と伝統技能の継承が世界的な主題となった。

2019
2022
未来博物館(ドバイ)Museum of the Future

FIG. 99 / 縦糸 — 横断でたどる

文明圏 / Civilizations

  • 西欧11
  • ビザンティン6
  • イスラーム9
  • 南・東南アジア4
  • 東アジア10
  • 新大陸8
  • アフリカ7

要素の系譜 / Elements

  • アーチ・ヴォールト
  • ドーム
  • 架構(ラーメン)
  • 素材: 石 → 鉄 → コンクリート → 木質