メソポタミア建築
ウルのジッグラト
イラク南部、古代都市ウルに残る現存最良のジッグラト(聖塔)。前21世紀、ウル第3…
メソポタミア建築は、ティグリス・ユーフラテス両川にはさまれた沖積平野——現在のイラクを中心とする地域——で、前4千年紀のシュメール都市文明から、バビロニア・アッシリアを経て前6世紀ごろまで展開した建築の総称である。
この地に石材や良質の木材は乏しく、無尽蔵にあるのは川がもたらす粘土であった。人々はこれを型に詰めて乾かした日干し煉瓦を主たる建材とし、版築で基礎や芯を固めた。組積は厚い壁体に頼り、開口は小さく、屋根は木や葦で架けた。一方で、小さな単位を積み重ねる煉瓦の組積からは、早くから迫り出しによる擬似アーチや、楔形に積む本格的なアーチ・ヴォールトも生み出された。重要な建物では煉瓦を焼成して耐久性を高め、釉薬をかけた彩釉煉瓦で壁面を飾ることもあった。バビロンのイシュタル門の青い壁面は、その到達点である。
建築の中心は神殿であった。都市の守護神に捧げられた神殿は、何層もの基壇を階段状に積み上げたジッグラトとして聳え、神々が天と地を行き来する人工の山と観念された。前21世紀、ウル第3王朝が築いたウルのジッグラトは、現存最良の例として知られる。神殿のほか、王宮・城壁・運河や水利施設も発達し、都市そのものが日干し煉瓦の量塊として立ち上がった。
土の建築は風雨に弱く、放置すれば崩れて丘(テル)に還る。それゆえメソポタミアの建築は、絶えざる補修と再建を前提とした。石が永遠を志向した同時代のエジプトとは対照的に、更新を織り込んだ土の記念碑文明であった点に、その独自性がある。