EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ラウレンツィアーナ図書館
© Richardfabi(Wikimedia Commons) / Public domain
FIG. 01 — Q856419
様式 · ルネサンス建築 時代 · ルネサンス 類型 · 文化施設 ★ フィレンツェ歴史地区(ユネスコ世界遺産、1982年)

ラウレンツィアーナ図書館 Biblioteca Medicea Laurenziana

Biblioteca Medicea Laurenziana

フィレンツェ、サン・ロレンツォ聖堂の回廊に付設されたメディチ家の写本図書館。ミケランジェロが設計し、1525年に着工、1571年に開館した。古典オーダーをあえて崩した前室(リチェット)と流動的な階段で知られ、マニエリスム建築の原型とされる。

FIG. 02 — Location43.7747° N 11.2545° E
イタリア トスカーナ フィレンツェ
§1 — 概要

概要

ラウレンツィアーナ図書館は、フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂の回廊に付設された、メディチ家ゆかりの写本図書館である。設計はミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo Buonarroti)が手がけ、その建築作品のなかでも最も重要なものに数えられる。とりわけ階段室にあたる前室(リチェット)は、古典建築の文法をあえて踏み外した造形で知られ、マニエリスム建築の最も早い達成として建築史にくり返し引かれてきた。

歴史

図書館は、メディチ家が代々集めた写本コレクションを収めるため、1519年に枢機卿ジュリオ・デ・メディチ——のちの教皇クレメンス7世——がミケランジェロに発注した。商人の家系であったメディチが、学芸の庇護者でもあることを示す事業でもあった。ミケランジェロは1524年から設計に着手し、翌1525年に着工する。1527年に始まる共和政期の中断をはさみつつ、1534年まで自ら現場を指揮した。

同年、ミケランジェロは二度と戻らぬ覚悟でフィレンツェを離れ、工事は停滞した。再開はコジモ1世のもとで1548年以降のことで、トリボロ、ヴァザーリ、アンマナーティらフィレンツェの芸術家が、ローマのミケランジェロから送られる模型・図面・書状を解釈しながら進めた。難航した階段は、1558年にミケランジェロが粘土模型を提供し、バルトロメオ・アンマナーティ(Bartolomeo Ammannati)がピエトラ・セレーナを用いて1559年に実現した。一般への公開は1571年6月11日である。前室上部の壁面や外装の仕上げなど、一部の工事は20世紀初頭(1901〜1903年)まで持ち越された。

建築的特徴

建築は、高低差をもつ二つの空間——前室(リチェット)と閲覧室——を階段でつなぐ構成をとる。長さ約46メートルの閲覧室は細長く水平な空間で、等間隔の窓と付柱が連続して落ち着いた律動をきざむ。読書机から天井の格間まで、ミケランジェロの設計が及ぶ。

対照的に前室は、約10.5メートル四方の平面に対して高さ約14.6メートルと垂直に切り立ち、床の大半を階段が占める。その壁面は、本来は外壁に用いる二層のオーダーで構成される。対の円柱が壁にめり込むように埋め込まれ、しかも持ち送り(コーベル)の上にのみ載る。窓を模した小壁龕は実際には開口しない盲窓であり、ペディメントも装飾として置かれるにすぎない。古典の語彙を構造の論理から切り離し、彫刻的な量塊として扱うこの手つきこそ、マニエリスムの核心である。荷重を柱が支えるのか壁が支えるのか判然とせず、空間には張りつめた緊張がただよう。灰色のピエトラ・セレーナと白い漆喰の対比は、ブルネレスキ以来のフィレンツェの伝統的な配色を引き継ぐ。なお、当初ミケランジェロが構想した天窓は教皇に退けられ、採光は壁上部のクリアストーリーに改められた。

階段は、中央の段がふくらみをもち、下方へ向けて溶け出すように三方へ分かれる流動的な造形で、それ自体がひとつの彫刻といってよい。

意義・現在

前室と階段に集約されるこの建築は、マニエリスム建築のもっとも早い達成として、ほぼあらゆる様式史に登場する。ミケランジェロは壁を張りつめた皮膚のように、円柱を大理石から立ち現れる人体像のように扱い、建築を彫刻の延長として構想した。図書館は現在も研究機関として機能し、最古級の完本ラテン語聖書『コデックス・アミアティヌス』をはじめ、約1万1千点の写本を所蔵する。フィレンツェ歴史地区(ユネスコ世界遺産)の一画にあり、サン・ロレンツォ聖堂の回廊から内部へと入る。

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