EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ルーヴル美術館
© Fred Romero / CC BY 2.0
FIG. 01 — Q19675
様式 · ルネサンス建築 時代 · ルネサンス 類型 · 文化施設 ★ ユネスコ世界遺産「パリのセーヌ河岸」の一部(1991年登録)

ルーヴル美術館 Louvre Museum

Musée du Louvre

パリ、セーヌ川右岸に立つ、世界で最も来館者の多い美術館。12世紀の要塞に始まり、ルネサンス以降の歴代の王が増改築を重ねた旧王宮で、1793年に公開美術館として開かれた。ペローのコロネードやペイのガラスのピラミッドで知られる。

FIG. 02 — Location48.8611° N 2.3358° E
フランス Saint-Germain-l'Auxerrois パリ
§1 — 概要

概要

ルーヴル美術館(Louvre Museum、仏: Musée du Louvre)は、フランス・パリのセーヌ川右岸に立つ、世界で最も来館者の多い美術館である。建物はもとフランス王家の宮殿(パレ・デュ・ルーヴル)で、12世紀の要塞に始まり、ルネサンス以降の歴代の王が増改築を重ねた。1793年、フランス革命のさなかに公開美術館として開かれ、以後もその姿を広げてきた。建築としては、7世紀におよぶフランス建築史の地層が一つの建物に積み重なっている点に特色がある。

歴史

起源は、1190年ごろにフィリップ2世(オーギュスト)がパリ防衛のために築いた城塞である。やがて王の居館となり、1546年、フランソワ1世の命でピエール・レスコが古い城を壊して新たな宮殿の造営を始めた。レスコの手になる翼(レスコ翼、1551年完成)は、ジャン・グージョンの彫刻で飾られた現存最古の地上部分であり、フランス・ルネサンス建築の規範となった。

17世紀、ルイ14世の時代に造営は最盛期を迎える。ルイ・ル・ヴォーが方形の中庭(クール・カレ)を四つの翼で囲み、ル・ヴォー、画家のシャルル・ル・ブラン、クロード・ペローからなる委員会が、東面を飾る壮麗なコロネード(列柱廊)を設計した。だがルイ14世が宮廷をヴェルサイユへ移すと造営は中断し、ルーヴルは長く未完のまま放置された。

1793年、革命政府はこの旧王宮を国民のための美術館として開いた。19世紀には、ナポレオン1世が拡張に着手し、ナポレオン3世がヴィスコンティとエクトール・ルフュエルを起用して、ナポレオン広場を囲む新たな翼を建て、宮殿をほぼ現在の姿に完成させた。1871年にはチュイルリー宮殿が焼失し、西側に開けた眺望が生まれた。そして1989年、イオ・ミン・ペイによるガラスのピラミッドが中庭に据えられ、地下の大ホールへ通じる新たな入口となった。

建築的特徴

ルーヴルは、増築のたびに各時代の様式をまといながらも、先行する意匠と呼応させることで全体の調和を保ってきた。レスコ翼は、イタリアのマニエリスムを取り入れたフランス・ルネサンスの傑作で、古典のオーダーと豊かな彫刻装飾を組み合わせる。ペローのコロネードは、対になった列柱が長く連なる端正な構成で、フランス古典主義建築の頂点とされる。

これらの歴史的なファサードに対し、ペイのピラミッドは、ガラスと金属による幾何学的な透明体として現代の建築言語で応えた。古い宮殿との対比は当初賛否を呼んだが、いまでは美術館の象徴として定着している。

意義・現在

ルーヴルは、収蔵品の規模でも来館者数でも世界最大級の美術館である。「モナ・リザ」や「ミロのヴィーナス」「サモトラケのニケ」をはじめとする名品を擁し、年間数百万人を迎える。同時にこの建物自体が、要塞から宮殿、そして美術館へと姿を変えながらフランスの歴史を刻んできた、巨大な記念碑でもある。

関連する建築

Related
同じ時代
ロシア建築 クレムリン
1485 · モスクワ
クレムリン
Pietro Antonio Solari

モスクワの中心に立つ、ロシアの城塞。12世紀の砦に始まり、15世紀末、イヴァン3世…

データ: Wikidata (Q19675) / 画像: © Fred Romero / CC BY 2.0 — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.06.21
ENTRY ID — BLD-0003