クレムリン Kremlin
モスクワの中心に立つ、ロシアの城塞。12世紀の砦に始まり、15世紀末、イヴァン3世がイタリアの建築家を招いて、現在の赤煉瓦の城壁と塔、諸聖堂を築かせた。歴代の権力の座であり、今もロシア政府の中枢が置かれる。世界遺産。
§1 — 概要概要
クレムリン(Московский Кремль)は、ロシアの首都モスクワの中心、モスクワ川を見おろす丘に立つ城塞である。「クレムリン」とは、ロシア語で「都市のなかの城塞」を意味する。城壁に囲まれた敷地には、いくつもの宮殿と、四つの大聖堂、そして二十の塔が立ち並ぶ。歴代ロシアの権力の座であり、今日もロシア政府の中枢が置かれている。世界遺産に登録されている。
歴史
この丘に砦が築かれたのは、12世紀、モスクワが開かれたころにさかのぼる。当初は木の柵であったが、14世紀には白い石の城壁となった。やがてそれも傷み、15世紀末、大公イヴァン3世が、モスクワを「第三のローマ」たらしめるべく、クレムリンの大改築に着手する。彼は、当時その技術を欧州に知られたイタリアの建築家たちを招いた。
ボローニャの建築家アリストティル・フィオラヴァンティは、1475年から、中心となるウスペンスキー大聖堂(生神女就寝大聖堂)を、ロシアの伝統にルネサンスの技法を織りまぜて築いた。ミラノのピエトロ・アントニオ・ソラリらは、1485年から、現在に残る赤煉瓦の城壁と塔を築いていった。先端を燕の尾のように切った独特の胸壁は、イタリアの城に通じるものである。こうしてクレムリンは、ロシアとイタリアの様式が溶け合った、今日の姿をととのえた。のち、ソ連の時代には多くの歴史的建造物が取り壊されもしたが、1990年、その全体が赤の広場とともにユネスコ世界遺産に登録された。
建築的特徴
全長およそ2.2キロメートルに及ぶ赤煉瓦の城壁が、三角形の敷地を取り囲み、二十の塔がこれを固める。城内の中心をなすのが、三つの大聖堂が向かい合う「大聖堂広場」である。ウスペンスキー大聖堂は、五つの金色の円蓋をいただき、歴代皇帝の戴冠の場となった。フィオラヴァンティは、内部に太い柱ではなく細い円柱を用いて、従来のロシアの聖堂にない、明るく広やかな空間を生んだ。そびえ立つイヴァン大帝の鐘楼は、長くモスクワで最も高い建造物であった。
意義・現在
クレムリンは、ロシアの歴史をそのまま刻みこんだ、国家の象徴である。イタリア・ルネサンスの技術が、ロシア建築に深く影響を与えた最初の舞台でもあった。戴冠式や葬儀、政変の舞台となってきたその城壁の内は、今日もなお、ロシアの政治の中心でありつづけている。