ロシア構成主義の芸術家タトリンが1919〜20年に構想した、実現しなかった記念塔。第三インターナショナルの本部として鉄とガラスのらせん構造を計画し、近代建築の最も名高い「未完の幻想」として知られる。
§1 — 概要概要
第三インターナショナル記念塔(Tatlin's Tower/Башня Татлина)は、ロシアの芸術家ウラジーミル・タトリンが1919年から1920年にかけて構想した記念建造物である。コミンテルン(共産主義インターナショナル)の本部を収める塔として計画されたが実現せず、模型と図面のみが残された。実物が一度も建たなかったにもかかわらず、20世紀の建築と芸術における構成主義の象徴として、また近代建築の最も名高い「未完の幻想」として語り継がれている。
歴史
ロシア革命直後、新生ソヴィエト政権は革命の理念を可視化する記念碑を求めた。タトリンはこの機運のもと、ペトログラード(現サンクトペテルブルク)に建てる巨大な塔を構想する。1920年には木材と針金による模型が制作され、公開された。設計は約400メートルという、当時のエッフェル塔を凌ぐ高さを想定していたが、内戦と物資の窮乏にあえぐ国家にこれを建設する力はなく、計画は紙上にとどまった。それでも塔のイメージは写真と図版を通じて国際的に流布し、構成主義の理念を世界に印象づけた。
建築的特徴
塔は傾いた中心軸を二重の鉄骨のらせんが取り巻く、動的な構造として構想された。内部には四つのガラス張りの立体が吊られ、それぞれが異なる周期で回転する計画であった。最下部の立方体は一年で一回転して立法・会議の場に、その上の角錐は一か月で一回転して行政に、円柱は一日で一回転して情報・宣伝に充てられ、最上部の半球はさらに速く回るとされた。装飾を排し、鉄とガラスという素材そのものを露わにするこの構想は、材料の本性を尊ぶファクトゥーラの思想を体現し、機能と運動を造形原理に据えた点で、後の近代建築を予見するものであった。
意義・現在
タトリンの塔は建たなかったがゆえに、かえって理念の純粋な表現として神話化された。回転する幾何学立体、らせん、傾いた軸といった造形は、芸術を技術や社会と統合しようとする構成主義の野心を凝縮している。後世には各地の美術館で模型が再制作され、20世紀前衛の到達点を示す作例として展示されてきた。実現可能性の議論を超えて、革命期のユートピア的想像力と近代建築の出発点を象徴する作品として、その影響は今日まで及んでいる。