EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
テンプロ・マヨール
© GAED / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q774021
様式 · メソアメリカ建築 時代 · 中世 類型 · 宗教建築 ★ 世界遺産「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ」(1987年登録)の構成資産

テンプロ・マヨール Templo Mayor

Huēyi Teōcalli

アステカの都テノチティトラン(現メキシコシティ)の中心に立っていた大神殿。戦争の神と雨の神を祀る二つの社を頂に戴く双子神殿で、1521年にスペインに破壊された。1978年の再発見以後、基壇が発掘されている。

FIG. 02 — Location19.4350° N 99.1314° W
メキシコ メキシコシティ メキシコシティ
§1 — 概要

概要

テンプロ・マヨールは、アステカ(メシカ)の都テノチティトラン、すなわち現在のメキシコシティの中心にそびえていた大神殿である。基壇の頂に二つの社を戴く双子神殿で、一方は戦争と太陽の神ウィツィロポチトリに、他方は雨と農耕の神トラロクに捧げられていた。アステカ世界の中心であり、王の即位など国家の儀礼が営まれる、信仰と政治の心臓部であった。

歴史

最初の神殿は、テノチティトランの建設が始まった1325年ののちに築かれ、歴代の王のもとで六、七度にわたって拡張・改築された。1487年には大規模な拡張が落成し、基壇は最終的に高さ60メートル近くに達したと伝えられる。1521年、エルナン・コルテス率いるスペイン軍がテノチティトランを陥落させると神殿は破壊され、その石材は植民地の大聖堂などの建設に転用された。長く地中に没していたが、1978年、女神コヨルシャウキの円盤状の石が偶然発見されたのを機に、本格的な発掘が始まった。

建築的特徴

神殿は、層を段状に積み上げた階段ピラミッドで、正面に二条の大階段が並んで頂の二社へと至る。北の社はトラロク、南の社はウィツィロポチトリに対応し、宇宙の二元を一つの建築に重ね合わせている。現在は、スペインによる破壊と都市の重なりを経て、歴代の拡張が入れ子状に現れた基壇の下層部が地表に姿を見せている。発掘された数々の彫刻や奉納品は、隣接する博物館に収められている。

意義・現在

テンプロ・マヨールは、アステカの宇宙観と国家祭祀を一身に体現した建築であり、その破壊と発掘の歴史は、征服とその後の文化の重層をも物語る。基壇のみが残る姿は、地上から消えた大神殿の記憶をかえって鮮烈に伝えている。1987年、「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ」の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録された。

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LAST EDIT — 2026.06.22
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