エルサレム旧市街、神殿の丘/ハラム・シェリーフの西側を支える擁壁。前19年頃に…
ローマ中心部に立つ、古代ローマ最大の円形闘技場。72年ごろウェスパシアヌス帝が着工し、80年にティトゥス帝が剣闘士競技で開場した。アーチを積層した外壁と[[ローマン・コンクリート]]の[[ヴォールト]]による、収容数万人の観客施設である。
§1 — 概要コロッセオ(Colosseo、正式名称フラウィウス円形闘技場/Amphitheatrum Flavium)は、ローマ市の中心、フォロ・ロマーノの東に立つ古代ローマ最大の円形闘技場である。長径約188メートル、短径約156メートルの楕円形で、外壁の高さは約48メートルに達する。剣闘士競技や猛獣狩り、模擬海戦などの見世物のために築かれ、数万人の観客を収容した。アーチ・ヴォールト・ローマン・コンクリートというローマ建築の技術を結集した、公共建築の記念碑である。
建設は、ネロ帝の私的宮殿ドムス・アウレアの人工池を埋め立てた跡地で始まった。市民に土地を「返す」という政治的意図のもと、72年ごろフラウィウス朝のウェスパシアヌス帝が着工した。労働力の多くは、ユダヤ戦争の戦利品とともに連れてこられた捕虜だったとされる。帝の死後、80年に息子ティトゥス帝が100日間の競技をもって開場し、続く弟ドミティアヌス帝が最上層の観覧席と、舞台下の地下構造(ヒュポゲウム)を加えて完成させた。三代の皇帝にまたがる事業であった。
構造の要は、楔形の石を組んだアーチの積層である。外壁は四層からなり、下三層はアーチを連ね、各層の付柱に下からドーリア式・イオニア式・コリント式のオーダーを重ねて装飾とした。構造を担うアーチに、様式の秩序を化粧として被せたこの構成は、ローマ建築の典型である。内部はローマン・コンクリートによるヴォールトで観客席を支え、放射状に配した多数の通路(ウォミトリア)が観客の出入りを円滑にした。日除けの大天幕(ウェラリウム)を張る仕組みも備えていた。
コロッセオは、構造技術と群衆の管理、そして政治的演出を一つの建物に統合した、ローマ公共建築の到達点である。西ローマ帝国の崩壊後は採石場として石材を奪われ、いまは外周の一部を欠くが、その威容は失われていない。1980年にローマ歴史地区の一部として世界遺産に登録され、現在は年間数百万人が訪れる。古代の大規模建築が、いかに合理的な構造とエンジニアリングに支えられていたかを今に伝えている。