パッツィ家礼拝堂 Pazzi Chapel
フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂の回廊に建つ初期ルネサンスの礼拝堂兼参事会堂。ブルネレスキの設計案に基づき、正方形と円という幾何学に貫かれた清明な内部空間で知られる。
§1 — 概要概要
パッツィ家礼拝堂(Cappella dei Pazzi)は、フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂の第一回廊に面して建つ、初期ルネサンスを代表する小礼拝堂である。フランチェスコ会修道院の参事会堂(集会・教育の場)と、メディチ家に次ぐ富を誇った銀行家パッツィ家の埋葬礼拝堂を兼ねて構想された。正方形と円という単純な幾何学に貫かれた清明な内部空間は、ルネサンス建築が探求した比例と調和の理念を凝縮したものとして名高い。
歴史
建設の資金は1429年、パッツィ家の当主アンドレア・デ・パッツィによって用意されたが、工事が本格的に始まるのは1442年頃まで下る。設計は、当時フィレンツェ大聖堂のドームを完成させたばかりのフィリッポ・ブルネレスキが手がけたとされ、彼は1446年に没するまで建設に関与した。作業はその後も断続的に続いたが、1478年、パッツィ家がメディチ家への陰謀(パッツィ家の陰謀)に連座して追放されたことで中断し、上部のファサードは未完のまま残された。設計の帰属は古くから議論があり、今日では、ブルネレスキが基本となる平面・立面の構想を与えたものの、施工や細部、入口のロッジアは後代の建築家——ミケロッツォ、ロッセリーノ、ジュリアーノ・ダ・マイアーノら——の手によるとみる見方が有力である。
建築的特徴
平面は中央の正方形を傘形ドームで覆い、その左右に樽ヴォールトの翼部を従える構成をとる。内部では、灰色のピエトラ・セレーナでピラスター・アーチ・エンタブラチュアといった構築要素を描き、白い漆喰壁との対比で骨組みを際立たせる——サン・ロレンツォ聖堂の旧聖具室にも通じる、ブルネレスキ的な明晰さである。ドームはペンデンティヴを介して方形平面の上に架かり、ルカ・デッラ・ロッビアによる十二使徒と四福音書記者の彩釉テラコッタの円盤が壁面を飾る。後に加えられた入口のポルティコは、六本のコリント式円柱と中央のアーチからなる。
意義・現在
パッツィ家礼拝堂は、装飾の過多を排し、寸法の比例関係そのものを美とする初期ルネサンス建築の到達点として、後世の建築家に長く参照されてきた。サンタ・クローチェ聖堂の複合体の一部としてユネスコ世界遺産「フィレンツェ歴史地区」に含まれ、現在も公開されている。