広島平和記念資料館 Hiroshima Peace Memorial Museum
丹下健三の設計により1955年に開館した平和博物館。ピロティで持ち上げた本館は戦後日本のモダニズムの出発点であり、2006年に国の重要文化財となった。
§1 — 概要概要
広島平和記念資料館は、広島市の平和記念公園内に建つ博物館である。原爆の惨禍を後世に伝える施設として1955年8月に開館した。公園全体の設計者である丹下健三が手がけ、戦後日本の建築が国際的なモダニズムの水準に到達したことを示す作品として、2006年に本館が国の重要文化財に指定された。戦後の建築としては初の指定である。
歴史
爆心地に近い中島地区を平和記念公園として整備する構想は、1949年の設計競技で丹下健三案が1等となって動き出した。丹下案の核心は、資料館・慰霊碑・原爆ドームを一直線に貫く軸線である。資料館は公園の南辺に置かれ、当初は「広島平和会館原爆記念陳列館」の名称で1955年に開館した。後に東側の建物(現・東館)が加わって現在の構成となり、本館では被爆の実相を伝える資料の収蔵・展示が続けられている。
建築的特徴
本館は、細長い箱をピロティで高々と持ち上げた構成である。来訪者はピロティの下をくぐって慰霊碑と原爆ドームへ向かう——建物は展示施設であると同時に、祈りの軸線を通す「門」として振る舞う。力強い柱の比例と打放しコンクリートの質感にはル・コルビュジエの影響が明瞭だが、水平に伸びるプロポーションや深い陰影には日本の伝統建築との連続も指摘されてきた。
意義・現在
廃墟からの復興を建築の言葉で宣言したこの作品により、丹下は国際的な評価を確立し、国立代々木競技場へと続く歩みを始めた。慰霊の軸線という都市的な構想は、単体の建物を超えて公園全体をひとつの建築にしている。資料館には開館以来、国内外から年間100万人規模の来館が続いており、本館は改修を経て公開されている。