エチオピア北部の高地に残る、岩盤を直接彫り抜いて造られた11の教会群。12〜13世…
エチオピア北部の古都アクスムに立つ、巨大な一枚岩のステレ(記念柱)。3〜4世紀、紅海交易で栄えたアクスム王国が花崗岩を彫り出して建てた王侯の墓標で、扉や窓を模した浮彫が多層の建物のような姿をなす。
§1 — 概要アクスムのオベリスクは、エチオピア北部の古都アクスムに立つ、巨大な一枚岩のステレ(記念柱)である。3〜4世紀、紅海交易で栄えたアクスム王国のもとで、花崗岩を一体彫成で刻み出して建てられた、王侯の墓標の一つとされる。表面には扉や窓を模した浮彫が施され、まるで多層の建物のような姿をとる。高さおよそ24メートル、重さは160トンに及ぶ。
アクスムには大小百を超えるステレが林立し、最大のもの(約33メートル)は、おそらく建立の途中で倒れて砕けたまま横たわっている。本オベリスクはそれに次ぐ大きさで、20世紀に数奇な運命をたどった。1937年、エチオピアを占領したイタリアによってローマへ持ち去られ、長く同地に立てられていたが、返還を求める声を受けて2005年にエチオピアへ戻され、2008年、もとの場所に再び建てられた。アクスム王国は1世紀から13世紀にかけて栄え、政治的な衰退の後も、歴代皇帝の戴冠の地であり続けた。
ステレは一本の花崗岩から削り出され、半円形の頂をもつ。四面には、梁の張り出しや扉・窓を写した浮彫が層をなして刻まれ、九階建ての塔のような外観をつくる。これらは王の墓室を地上に標示するとともに、王権の力を誇示するものであった。機械を用いずに巨石を切り出し、運び、立てたアクスムの石工技術は、古代アフリカ建築の到達点の一つを示している。
アクスムのオベリスクは、キリスト教を国教とした古代アフリカの大国の記憶を伝える記念碑であり、その持ち去りと返還の歴史は、文化財をめぐる現代の問いをも映している。1980年、ステレ群を含むアクスムの遺跡はユネスコ世界遺産に登録された。再び立つオベリスクは、エチオピアの人々にとって民族の誇りの象徴となっている。
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