奈良県斑鳩、聖徳太子ゆかりの仏教寺院。607年の創建で、金堂・五重塔など西院伽藍…
奈良市に立つ華厳宗の総本山。聖武天皇の発願により8世紀に造営され、大仏(盧舎那仏)と、世界最大級の木造建築・大仏殿で知られる。二度の焼失を経て再建され、南大門は大仏様を今に伝える。
§1 — 概要東大寺は、奈良市に立つ華厳宗の総本山である。奈良時代、聖武天皇が国家の安寧を願って造営し、本尊の盧舎那仏(るしゃなぶつ=大仏)と、それを納める世界最大級の木造建築・大仏殿で広く知られる。創建以来、官立寺院の頂点として、また日本仏教の一中心として、千二百年余りの歴史を重ねてきた。
天平年間、疫病や飢饉に苦しむ世にあって、聖武天皇は743年に大仏造立の詔を発した。行基らが諸国を巡って寄進を募り、延べ数百万人の力を集めて、巨大な銅造の大仏が745年から鋳造され、752年に盛大な開眼供養が営まれた。しかし1180年、源平の争乱のなかで平重衡の軍勢に焼かれ、伽藍の多くを失う。源頼朝の支援のもと僧・重源が再建を主導し、1195年に大仏殿が再興された。さらに1567年、戦国の兵火で再び焼失し、大仏は長く露天にさらされたが、僧・公慶の勧進により、現在の大仏殿が1709年に再建された。
創建時の大仏殿は間口およそ86メートル、左右に七重塔を従える壮大なものであった。現在の大仏殿は江戸期の再建で、資金難から幅を十一間から七間へ縮めたが、高さと奥行きは旧規を保ち、長く世界最大の木造建築とされてきた。再建の歴史のなかで生まれた建築上の見どころが、鎌倉初期に重源が宋の技法を取り入れて用いた大仏様である。太い柱に斗栱(組物)を幾段も直接差し込み、深い軒を力強く支えるこの様式は、南大門によく残る。門内には運慶・快慶らが1203年に刻んだ金剛力士像が立つ。軸組を基本とする日本の木造建築のなかで、ひときわ豪快な構成を見せる。
東大寺は、国家が仏教を統治の柱に据えた奈良時代の理念を、巨大な大仏と伽藍として地上に体現した記念碑である。度重なる焼失と再建の歴史は、木造建築が「造り替えながら受け継ぐ」ものであることを、ひときわ劇的に物語る。大仏の体には八世紀の原鋳部分から江戸期の補修までが継ぎ合わされ、千二百年の連続をその身に宿す。1998年、「古都奈良の文化財」の一つとしてユネスコ世界遺産に登録され、今も華厳宗の本山として信仰を集めている。