EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
厳島神社
© JordyMeow / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q191763
様式 · 日本建築 時代 · 中世 類型 · 宗教建築 ★ 世界遺産「厳島神社」(1996年登録)/本社本殿ほか6棟が国宝、14棟が重要文化財

厳島神社 Itsukushima Shrine

広島湾の島に鎮座する安芸国一宮。平清盛の造営で海上に張り出す社殿が整い、檜皮葺の本殿と拝殿を東西の廻廊が結ぶ。沖合には高さ16メートル余の大鳥居が立つ。

FIG. 02 — Location34.2958° N 132.3201° E
日本 広島県 廿日市市
§1 — 概要

概要

広島県廿日市市、広島湾に浮かぶ厳島(宮島)の北東岸に鎮座する神社である。宗像三女神を祀り、『延喜式』の名神大社、安芸国一宮とされた。社殿の主要部が満潮時に海へ浮かんで見える構成で知られ、本社の本殿・幣殿・拝殿、祓殿、摂社客神社の社殿、東西の廻廊など6棟が国宝、14棟が重要文化財に指定されている。全国に約500社ある厳島神社の総本社であり、沖合約200メートルに立つ大鳥居とあわせて、日本三景の一つに数えられる景観をつくる。

歴史

社伝では推古天皇元年(593年)、当地の豪族・佐伯鞍職が神託を受けて社殿を建てたのが始まりとされる。厳島そのものが「神に斎く島」として古代から信仰の対象であり、島は長く禁足地とされて、主な祭祀は対岸の地御前神社で営まれた。文献上の初出は弘仁2年(811年)である。

現在に近い姿が整うのは平安末期。安芸守となった平清盛が神主の佐伯景弘と結び、仁安3年(1168年)ごろに大規模な社殿を造営した。平家一門の隆盛とともに社勢も伸び、装飾経の傑作として名高い平家納経が納められている。

その社殿は承元元年(1207年)と貞応2年(1223年)の火災で失われ、現存する主要部は仁治2年(1241年)の再建にさかのぼる。本社本殿だけは後に建て替えられ、棟札から元亀2年(1571年)の再建と判明している。中世の再建ではあるが、規模も形式も平安末期のものを受け継いでいるとみられる。

戦国期に一時衰えたのち、弘治元年(1555年)の厳島の戦いで島を制した毛利元就が修復に力を注ぎ、豊臣秀吉も大経堂(千畳閣)を起こした。明治の神仏分離では社殿が仏式と判断され、彩色を剥がされて白木に改められるなどの改変を受けたが、明治末から大正の修理で復旧している。1996年、世界遺産に登録された。

建築的特徴

社殿は海域に建つが、特殊な工法によるものではない。浅い海底に礎石を据え、その上に束(杭)を立てて板床を張る、陸上の建物と変わらない構法である。木の束は満潮時に海水へ浸かるため腐食を免れず、定期的に点検し、傷んだ部分は根継ぎで取り替える。床板はわざと隙間をあけて張り、高潮の水圧を下から逃がす。維持と修理を前提として組み立てられた建築なのである。

本社は奥から本殿・幣殿・拝殿・祓殿が並ぶ。本殿の屋根は切妻の前後両方の流れを長く伸ばした両流造、拝殿は入母屋造で、いずれも檜皮葺である。組物は本殿が平三斗、拝殿と廻廊は簡素な舟肘木にとどめ、装飾を抑えて水平線を強調する。本殿の柱間は正面8間・背面9間と左右対称を崩しており、主神である市杵島姫命の宝殿を安置する柱間だけを広く取った結果、社殿全体の中軸が西へずれている。

祓殿の前には板敷の平舞台が広がり、その中央に高欄をめぐらせた高舞台が置かれる。平舞台の先端「火焼先」の延長線上、沖合に大鳥居が立つ。東西の廻廊は敷地を四角く囲うのではなく、海上の社殿と陸地とを結ぶ渡り廊下として折れ曲がりながら伸び、西廻廊は62間、東廻廊は45間に及ぶ。中心の建物から左右へ廊を伸ばし、前面に庭を開く貴族住宅の寝殿造を、神社建築へ翻案したものと理解されている。ここでは庭にあたるのが海である。

大鳥居は木造の両部鳥居で、現在のものは1875年(明治8年)の再建。棟の高さ16.6メートル、柱間10.9メートル。主柱にはクスノキの自然木を用い、基礎は千本杭と呼ばれる松丸太を密に打ち込んで固めている。島木と笠木の内部には約7トンの石が詰められ、およそ60トンの自重だけで自立する。地面に固定せず、重さで風と波に耐える構えである。

意義・現在

厳島神社は、島そのものを神体とする古い信仰と、平安貴族の建築言語とが結びついた稀な例である。島を傷つけずに社殿を置く方法として海が選ばれ、その結果、潮の満ち引きが建築の見え方を絶えず変えるという性格が生まれた。

台風と高潮による被害は繰り返されており、1991年の台風では能舞台が倒壊した。ただし損傷が集中するのは能舞台や楽房など清盛の時代には存在しなかった建物で、主要社殿は高潮の届きにくい位置が選ばれている。大鳥居は2019年6月から約70年ぶりの大規模保存修理が行われ、2022年12月に完了した。壊れることを織り込んで建て、直しながら伝える。東アジアの木造建築が共有する思想が、ここでは海という条件のもとで極端な形をとっている。

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LAST EDIT — 2026.08.21
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