アルハンブラ宮殿 Alhambra
スペイン南部グラナダ、サビカの丘に立つ宮殿・要塞複合体。イベリア最後のイスラーム王朝ナスル朝の王宮として13〜14世紀に築かれ、ムカルナスやアラベスク、水を用いた精緻な室内空間で知られる、現存唯一のイスラーム王宮都市。
§1 — 概要概要
アルハンブラ宮殿は、スペイン南部アンダルシア州グラナダ、シエラ・ネバダ山麓のサビカの丘に立つ宮殿・要塞複合体である。イベリア半島最後のイスラーム王朝ナスル朝の王宮として13〜15世紀に築かれ、城塞(アルカサバ)・王宮群・都市域を城壁内に収めた、現存する唯一のイスラーム王宮都市として知られる。赤みを帯びた城壁の色から、アラビア語で「赤い城(al-qal'a al-hamra)」と呼ばれたのが名の由来である。設計者個人は伝わらない。
歴史
丘には9世紀以来の砦があったが、宮殿都市としての造営は1238年、ナスル朝の祖ムハンマド1世(イブン・アル=アフマル)がここに居城を定めたことに始まる。最盛期の主要な宮殿は14世紀、ユースフ1世(在位1333〜1354)とその子ムハンマド5世(在位1354〜1391)の治世に整えられた。ユースフ1世は正義の門やコマレス宮を、ムハンマド5世はライオンの中庭をもつライオン宮を造営し、ナスル朝建築は頂点に達した。1492年、レコンキスタの完成とともにグラナダはカトリック両王の手に落ち、宮殿はキリスト教の王宮となる。1527年には神聖ローマ皇帝カール5世がナスル朝の一部を壊してルネサンス様式の宮殿を挿入した。18世紀以降は荒廃し、ナポレオン戦争では塔の一部が爆破されたが、1870年に国家記念物に指定されて修復が進められた。
建築的特徴
アルハンブラの魅力は、簡素な外観の内側に展開する精緻な室内空間にある。鍾乳石状のムカルナスで覆われた天井、植物文と幾何学文を組み合わせたアラベスクの漆喰装飾、色鮮やかな施釉タイル、そして壁面を埋めるクルアーンや詩文の銘文が、光と影のなかで反復する。中庭には水盤や水路が配され、ライオンの中庭の噴水や天人花(てんにんか)の中庭の鏡のような池が、水の音と反映で空間を満たす。ナスル朝の標語「勝利者は神のほかにない」が随所に刻まれ、装飾と信仰と詩が分かちがたく結びついている。
意義・現在
アルハンブラは、イベリアのイスラーム文化が到達した美の極点であり、後世の芸術・建築に広く影響を与えた。19世紀には作家ワシントン・アーヴィングの『アルハンブラ物語』によって、その名がロマン主義的な憧れとともに広まった。スペイン有数の観光地であると同時に学術研究の対象でもあり、1984年には近隣のヘネラリーフェ庭園とともに(1994年にアルバイシン地区を加えて)ユネスコ世界遺産に登録された。