EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

建築様式史 — CHAPTER 02

古典の確立

The Classical Order

始原の建築が石を「積み、立てる」段階にとどまったのに対し、地中海では石を「組み、架ける」体系が生まれる。ギリシアは円柱の比例に秩序(オーダー)を見出し、ローマはアーチとコンクリートで内部空間を獲得した。西洋建築の文法は、この二つの達成の上に築かれている。

ギリシアのオーダー

古代ギリシアの建築は、神殿という単一の形式を、徹底して洗練させることに費やされた。その中心にあるのがオーダー——円柱と、その上に載る水平材を一組とする比例の体系である。柱の太さを基準に各部の寸法を定め、建物全体に数学的な調和を与えた。重厚で装飾を抑えたドーリア式、渦巻きの柱頭をもつ優美なイオニア式、アカンサスの葉を象った華やかなコリント式——三つのオーダーは、それぞれの表情を保ちながら共通の文法を分かち合う。神殿は四周を列柱がめぐる周柱式を基本とし、ドーリア式ではフリーズにトリグリフとメトープが律動的に交替した。このトリグリフは、もともと木造の梁の木口を石に写したものとされ、神殿が木から石へと移行した記憶をとどめている。アテネのアクロポリスに立つパルテノン神殿は、ドーリア式の頂点とされる。柱がわずかに膨らむエンタシス、隅へ向かうほど柱間を詰める配置、基壇のゆるやかな反り——人の目に「まっすぐ」「均整」と映るよう、随所に視覚補正が施されている。大理石でまぐさ式構造を極めたこの建築は、内部空間よりも、神殿の外観と、ペディメント(破風)を頂く彫刻の劇場性に重きを置いた。堂内には、フェイディアスの手になる巨大な女神アテナ像が据えられていたと伝わる。

ローマの革新

ローマは、ギリシアのオーダーを受け継ぎながら、まったく異なる方向へ建築を押し進めた。鍵となったのはアーチである。楔形の迫石を組み、頂部の要石で締めて、荷重を圧縮力として両脇へ流すこの架構は、まぐさ式構造よりはるかに広い径間を架けられた。アーチを奥行きへ連ねればヴォールトとなり、中心軸のまわりに回せばドームが生まれる。さらにローマはローマン・コンクリート——火山灰を混ぜて固める建材——を手にしていた。型枠に流し込んで任意の形に成形できるこの素材は、アーチとヴォールトの大規模化を一気に進めた。水道橋はアーチを幾重にも積み重ねて谷を渡り、何十キロもの距離をゆるやかな勾配で水を導いた。ギリシアが柱と梁で「外観」を構築したのに対し、ローマはアーチとコンクリートで「内部」と「土木」を獲得したのである。この達成を書物に留めた人物もいる。前1世紀の技師ウィトルウィウスである。現存する唯一の古代の建築書『建築について(建築十書)』は、建築の要件を「用・強・美」に束ね、はるか後のルネサンスに再発見されて古典の文法書となる(第9章)。

ドームと内部空間

その到達点が、ローマのパンテオンである。ハドリアヌス帝の時代に再建されたこの神殿は、直径約43メートルの半球ドームを、無筋のコンクリートだけで架けている。厚い壁体が基部を支え、上にいくほど軽い骨材を用いて自重を減らし、天井には格間(コファー)を彫って重量をそぎ落とした。ドームの内法高は直径にほぼ等しく、内部にはちょうど一つの球が収まる比例をなす。頂部には直径約9メートルの円い開口——オクルス——が穿たれ、そこから差し込む光が、一日をかけて内部をゆっくりと巡る。正面には、ギリシア神殿を思わせるコリント式柱廊のポルティコが構え、円形の大空間への前室をなしている。パンテオンが古代の大空間をほぼ完全な姿で今に伝えるのは、7世紀に教会へ転用され、破壊を免れたためである。柱列に囲まれ外から眺める対象であったギリシア神殿に対し、これは「中に入って見上げる」建築であった。内部空間そのものを設計の主題に据えた点に、ローマの革新の本質がある。

公共建築と都市

ローマの技術は、神々のためだけでなく、市民の日常のためにも惜しみなく注がれた。浴場(テルマエ)や、集会と裁判のための長堂形式のバシリカが各地に建ち、なかでもコロッセオは公共建築の集大成といえる。四層の外壁は下からドーリア式イオニア式コリント式のオーダーを重ね、構造を担うアーチに様式の秩序を化粧として被せている。数万人の観客を、放射状の通路で淀みなく捌く動線計画は、現代のスタジアムに直結するものだ。アーチそのものを記念碑に仕立てた凱旋門もまた、皇帝の勝利と威光を可視化する装置として各地に立った。建築はここで、美の規範であると同時に、群衆と都市を制御するエンジニアリングとなった。ギリシアが定めた秩序と、ローマが開いた内部空間——古典が築いたこの二つの達成は、やがてローマのドーム・ヴォールト技術が、バシリカの形式とともにキリスト教の集会空間へ転用されることで、次なる信仰の建築へと受け継がれていく。