EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

シカゴ派

Chicago School
年代
1880 — 1900
地域
アメリカ(シカゴ)
時代
新古典・歴史主義

シカゴ派(Chicago School)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカのシカゴで高層オフィスビルを生み出した建築家たちの一群と、その様式をさす。1871年の大火による莫大な再建需要と、地価の高い都心、そしてエレベーターと鉄骨フレームという新技術が、建物を上へと押し上げた。

最大の特徴は、組積造の厚い壁に頼らず、鉄(のち鋼)の骨組みで建物を支える点にある。荷重を骨組みが担うため外壁は荷重から解放され、大きなガラス窓——横長の「シカゴ窓」——を開けられた。装飾を抑え、垂直の線で高さを強調するその姿は、のちのモダニズムを準備するものであった。

ウィリアム・ル・バロン・ジェニー、そしてアドラーとサリヴァンらがこの運動を担い、サリヴァンの「形態は機能に従う」という標語が、その理念を象徴する。摩天楼という、まったく新しい建築類型がここに誕生した。これを可能にしたのは、安価で強靭な鋼を量産するベッセマー法と、オーティスが実用化した安全エレベーターであった。リライアンス・ビルのように、骨組みを大きなガラスで覆ったほとんど全面ガラスの高層建築も現れ、のちのカーテンウォールを予感させる。もっとも、1893年のシカゴ万国博覧会が華やかな古典様式を打ち出すと、簡素なシカゴ派はいったん下火となった。だがその合理の精神は、20世紀のモダニズムによって受け継がれ、再評価されることになる。

シカゴ派
§1

代表建築

Buildings