名築が収録する公開済みの建物のうち、すでに失われたものは21件ある。前3世紀に地震で倒れたロドス島の巨像から、2025年に予定どおり解体されたパリの仮設展示館ま…
1851年のロンドン万国博覧会のためにジョゼフ・パクストンが設計した鉄とガラスの巨大建築。規格部材を工場生産し、わずか数か月で建てられた、近代の博覧会建築の原点。1936年に焼失した。
§1 — 概要水晶宮(The Crystal Palace)は、1851年のロンドン万国博覧会のために、ジョゼフ・パクストンが設計した鉄とガラスの巨大な展示館である。規格化した部材を工場で大量生産し、現場で組み立てるという近代的な建設方法を、初めて大規模に実現した記念碑的建築であった。
万国博覧会の会場建築は公募されたが、寄せられた案はいずれも巨額で実現が難しかった。そこへ、温室建築の経験をもつ庭師パクストンが、鉄とガラスだけの軽快な案を提示して採用される。ロンドンのハイド・パークに、わずか数か月で建て上げられた。博覧会の閉幕後、建物は解体され、1854年に郊外のシデナムへ移築されたが、1936年の火災で焼失し、現存しない。
建物は、鋳鉄の柱と梁、そして大量のガラス板という、ごく限られた規格部材の繰り返しで構成された。これにより設計から施工までが工業的に合理化され、巨大な空間が驚くべき速さで立ち上がる。内部は、鉄の細い骨組みを透かして光が満ちあふれ、当時の人々に「水晶の宮殿」と呼ばれる、まったく新しい空間体験を与えた。様式の装飾ではなく、プレファブの構造そのものが、建築の表現となったのである。
水晶宮は、鉄とガラスという工業の素材が、組積造に代わる新しい建築をひらくことを高らかに示した。その透明で軽快な空間は、後の駅舎や温室、そして近代建築全体に道を開く。建物自体は失われたが、博覧会建築とプレファブ工法の出発点として、建築史にゆるぎない位置を占めている。
名築が収録する公開済みの建物のうち、すでに失われたものは21件ある。前3世紀に地震で倒れたロドス島の巨像から、2025年に予定どおり解体されたパリの仮設展示館ま…