自由の女神像 Statue of Liberty
ニューヨーク港リバティ島に立つ新古典主義の巨像。フランスからアメリカへ贈られた自由の記念碑で、彫刻家バルトルディが設計し、内部の鉄骨をエッフェルが、花崗岩の台座をハントが手がけた。1886年除幕。
§1 — 概要概要
自由の女神像(Statue of Liberty / La Liberté éclairant le monde)は、ニューヨーク港のリバティ島に立つ巨大な新古典主義の彫像である。正式名称は「世界を照らす自由」。たいまつを掲げる女性は、ローマ神話の自由の女神リベルタス(Libertas)をかたどっている。台座を除く像本体の高さは約46メートル、台座を含めた地上高は約93メートルに及び、銅板の外皮を内側の鉄骨が支える中空の構造をもつ。フランスからアメリカ合衆国へ贈られた自由と友好の記念碑であり、19世紀における芸術と工学の融合の到達点として名高い。
歴史
像の構想は、フランスの法学者エドゥアール・ド・ラブライエが、アメリカ独立100周年を機に両国共同の記念碑を造ろうと提唱したことに始まる。これに応えた彫刻家フレデリック・オーギュスト・バルトルディ(Frédéric Auguste Bartholdi)は、1871年に渡米してニューヨーク港の島を据え付け場所に定めた。制作は1875年からパリで進み、銅板を木型に打ち出すルプセ技法で外皮が成形されていった。
巨大な像を自立させる内部構造は、当初フランスの建築家ウジェーヌ・ヴィオレ・ル・デュク(Eugène Viollet-le-Duc)が引き受けたが、頭部とたいまつの支持案を残して1879年に没する。後を継いだ技師ギュスターヴ・エッフェル(Gustave Eiffel)と、その構造を担ったモーリス・ケクラン(Maurice Koechlin)は、銅の外皮が寒暖や強風で独立して動けるよう、中心の鉄塔と二次骨組みからなる柔軟な構造を設計した。像は1884年にパリで仮組みされたのち分解され、大西洋を渡る。アメリカ側では建築家リチャード・モリス・ハント(Richard Morris Hunt)が花崗岩の台座を設計し、その完成を待って組み立てられ、1886年10月28日に除幕式が行われた。
建築的特徴
自由の女神像は、彫刻と構造工学が分かちがたく結びついた作品である。外から見えるのは古典的な衣をまとった女神だが、内側はエッフェルが橋梁で培った鉄構造の論理で組まれている。中心の鉄塔から伸びる骨組みが銅の外皮を内から吊り、外皮と骨組みを固定せずにわずかな動きを許すことで、風や寒暖による変形を逃がす。この「皮膚と骨格を分ける」発想は、のちのカーテンウォール建築を先取りするものであった。台座を手がけたハントは、像の威容を損なわない簡潔な花崗岩の基壇でこれを受け止め、彫刻・構造・建築の三者がひとつの記念碑に結実している。
意義・現在
完成以来、自由の女神像はアメリカそのものを象徴する存在となった。海路でニューヨークに着いた多くの移民が最初に目にする像として、新世界の入り口を告げる記念碑でもあった。足元には引きちぎられた鎖が横たわり、奴隷制の廃止と圧政からの解放を表している。1924年に国の記念物に指定され、1984年にはユネスコの世界遺産に登録された。今日も年間数百万人が訪れる、フランスとアメリカの友好と、移民国家アメリカの自己像に分かちがたく結びついた記念碑である。