ニューヨーク港リバティ島に立つ新古典主義の巨像。フランスからアメリカへ贈られ…
建築家 / Architect
ウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュク(Eugène Viollet-le-Duc、1814–1879)は、19世紀フランスの建築家・理論家であり、中世建築の修復で知られる。自由の女神像では内部構造の最初の顧問を務めたが、その本領は別のところにある。
1814年、パリに生まれる。作家プロスペル・メリメの推挙でヴェズレーの修道院教会の修復に携わったのを皮切りに、ラシュスと組んでサント・シャペル、1844年にはパリのノートルダム大聖堂の修復を手がけた。城塞都市カルカソンヌ、ピエールフォン城など、その仕事はフランス各地に及ぶ。ノートルダムの尖塔やガーゴイルは、彼が新たに考案・設計したものである。
ヴィオレ・ル・デュクの修復は、建物を「かつて一度も存在しなかったかもしれない完全な状態へ」戻すという思想に貫かれ、推測を交えた大胆な介入として批判も浴びた。一方で彼は、ゴシックを構造の論理として読み解いた。控壁と飛梁が荷重を地へ流し、壁は非構造の充填にすぎない——この骨格としてのゴシック理解は、大著『建築理詳解辞典』(Dictionnaire raisonné de l'architecture française)や『建築講話』(Entretiens sur l'architecture)に結実し、鉄による新しい構造の提案へと向かった。
その合理主義は、ゴシック・リヴァイヴァルの枠を超えて後世に響いた。ヴィクトル・オルタ、ガウディ、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエら、近代建築の担い手たちが彼から学んでいる。自由の女神像では、頭部とたいまつの支持案を残して1879年に没し、内部構造はエッフェルに引き継がれた。中世を蘇らせた人物が、近代建築の扉も叩いていたのである。