オルセー美術館 Musée d'Orsay
パリのセーヌ左岸に立つ美術館。1900年の万国博覧会のためにヴィクトール・ラルーが設計した、ボザール様式の駅舎ガール・ドルセーを、1986年に転用したものである。印象派・ポスト印象派の世界的な収蔵で知られる。
§1 — 概要概要
オルセー美術館(Musée d'Orsay)は、パリのセーヌ川左岸に立つ美術館である。もとは1900年の万国博覧会のために建てられた鉄道駅、ガール・ドルセー(オルセー駅)であった。建築家ヴィクトール・ラルーによるボザール様式の駅舎を1986年に美術館へと転用したもので、19世紀後半から20世紀初頭の美術――とりわけ印象派とポスト印象派の絵画――を世界で最も豊かに収めることで知られる。
歴史
19世紀末、パリ・オルレアン鉄道は、1900年の万国博覧会に向けて、市の中心に近い終着駅を計画した。1897年に三人の建築家が候補に挙げられ、翌1898年、ヴィクトール・ラルーの案が選ばれた。工事はわずか二年で進められ、駅とそれに付属する大ホテルは、1900年7月14日に開業した。
しかし長大化する列車に短いホームは対応できず、1939年には長距離列車の発着が止まった。駅はやがて役目を失い、さまざまな用途に使われたのち、取り壊しも取り沙汰された。転機は1970年代に訪れる。19世紀美術のための新たな美術館をという構想のもと、駅舎を保存して転用する計画が決まった。改装は建築家集団ACTが、内部の展示空間の設計はイタリアの建築家ガエ・アウレンティが担った。1986年12月、美術館として生まれ変わり、開館した。
建築的特徴
ラルーは、近代的な鉄とガラスの構造を、石造の壮麗な外観の内に隠すという手法をとった。セーヌに面した正面は、ルーヴルやレジオン・ドヌール宮といった界隈の品位ある建物に調和するよう、彫像や大時計で飾られた石の壁面とされた。一方、ホームを覆う大屋根は、鉄とガラスによる半円筒のヴォールトである。電化された列車が煙を出さないため、内部を全面ガラスで囲むことができた。美術館への転用にあたっては、かつて線路が敷かれていた中央の大空間が、彫刻を並べる吹き抜けの大ギャラリーとして生かされている。
意義・現在
オルセー美術館は、産業の遺構を大規模な美術館へとよみがえらせた、建築の再生(コンバージョン)の先駆けである。ルーヴルが古典を、ポンピドゥー・センターが現代を受けもつなか、その間の一時代――1848年から1914年の美術を一手に引き受ける。モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ゴッホらの名画を擁し、今日では世界有数の美術館として、多くの人を迎えている。