構造表現主義
エッフェル塔
エッフェル塔(tour Eiffel)は、パリ七区のシャン・ド・マルスに立つ高さ約330メ…
建築家 / Architect
モーリス・ケクラン(Maurice Koechlin、1856–1946)は、エッフェル塔の構造を立案した技師である。塔は「エッフェルの塔」として知られるが、その骨格を最初に紙の上に描いたのはケクランであった。
アルザス地方の名門ケクラン家に生まれる。普仏戦争(1870–71)でフランスがアルザスを失うと一家はスイス国籍を選び、ケクランもスイスで学んだ。チューリッヒ工科大学(ETH)でカール・カルマンに師事し、力の流れを幾何学的に解く図式静力学を身につける。この手法が、のちに高塔の設計で力を発揮することになる。
1879年、ケクランはエッフェルの会社に入り、鉄骨構造の設計部門を率いた。1884年6月、自宅で「300メートルの塔」のおおまかな計算と最初のスケッチを描く。四本の脚が頂部で集まるその姿は、エッフェルが手がけてきた高架橋の橋脚から発想されたものだった。彼はまた、自由の女神像の鉄骨やガラビ橋の構造計算にも関わっている。
エッフェルが事業から退いた1893年には、その後継として会社の経営を率いた。代表作のエッフェル塔(1887–1889)でケクランが描いた設計図面は、母校のチューリッヒ工科大学に今も飾られている。塔の一階には「ケクランとヌーギエの通り」と刻まれ、栄誉が一人の名に集まりがちな大事業のなかで、その構造を支えた技師の存在を今に伝えている。