ドバイのダウンタウンに立つ高さ828メートルの超高層ビル。米SOMのアドリアン・スミスが設計し、2010年の開業以来、世界一高い建造物の座を保つ。Y字形平面とバットレス・コア構造で、砂漠の強風と前例のない高さに応えた。
§1 — 概要概要
ブルジュ・ハリーファ(Burj Khalifa)は、アラブ首長国連邦ドバイのダウンタウンに立つ高さ828メートルの超高層ビルである。2010年の開業以来、人の手による建造物として世界で最も高く、その座をいまも保っている。設計はシカゴを拠点とする設計事務所SOM(スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル)。鉄筋コンクリートの躯体を三方へ広げたY字形の平面と、それを束ねる「バットレス・コア」と呼ばれる構造方式によって、砂漠地帯の強風と前例のない高さという二つの難題に応えた建築である。
歴史
建設は2004年1月に着工し、外装は2009年に完成、2010年1月4日に正式開業した。事業主はドバイ政府系のデベロッパー、エマール・プロパティーズ。施工は韓国のサムスン物産を主体に、ベルギーのBESIX、地元のアラブテックが加わった国際的な体制で進められ、竣工までにおよそ6年を要した。
着工当初の名称は「ブルジュ・ドバイ(ドバイの塔)」だった。ところが完成間際の2008年、世界金融危機がドバイを直撃し、計画は資金難に陥る。これを救ったのが隣接するアブダビ首長国の支援であり、その縁から開業時に、アブダビ首長でUAE大統領でもあったハリーファ・ビン・ザイード・アール・ナヒヤーンの名を冠して「ブルジュ・ハリーファ(ハリーファの塔)」と改められた。完成により、それまで世界一高い超高層ビルだった台北101(509メートル)の記録は大きく塗り替えられた。
建築的特徴
設計を主導したのは、当時SOMに在籍した建築家アドリアン・スミスである。スミスは構想段階で塔の基本形をまとめたのち2006年にSOMを離れ、以後はジョージ・エフスタシオウが主任建築家として技術的な詰めと竣工までを担った。塔を支える構造方式「バットレス・コア」を立案したのは、構造技師ウィリアム・F・ベイカー(通称ビル・ベイカー)である。
平面は、中央の六角形コアから三枚の翼が放射状に伸びるY字形をとる。三つの翼が互いを支え合い、中央コアがそれらを束ねることで、塔全体は風によるねじれに強い剛性を得る。これがバットレス・コアの考え方である。翼は上層へ向かうにつれて段階的に後退(セットバック)し、らせんを描きながら塔身を細めていく。段ごとに断面の形が変わるため、高所で渦を巻こうとする風の流れが乱され、揺れが抑えられる仕組みだ。頂部は鋼鉄製の尖塔となって空へと収束する。
三叉に開く外観は、この地方の砂漠に咲くヒメノカリス(スパイダーリリー)の花になぞらえられ、ガラス外装に織り込まれた幾何学模様にはイスラーム建築の意匠が参照されている。約2万6千枚のガラスパネルは、強い日差しと高温から内部を守る役割も担う。
意義・現在
ブルジュ・ハリーファは単なる一本の塔ではなく、住宅・オフィス・ホテル・展望施設を一棟に積み上げた「垂直の都市」として構想された。低層にはジョルジオ・アルマーニが内装を手がけたアルマーニ・ホテルが入り、中層は住居、上層はオフィスや展望施設が占める。124・125階の屋外展望台「アット・ザ・トップ」、地上555メートルの148階に設けられた「アット・ザ・トップ・スカイ」など、世界最高所を誇る施設が積み重なる。地上163階という階数も、一棟の建物としては世界最多である。
石油に依存しない観光・サービス産業への転換を進めるドバイにとって、この塔は国際的な注目を一身に集める象徴となった。一方で、建設を担った南アジア出身の移民労働者の待遇をめぐっては、開業の前後に批判も向けられている。記録ずくめの華やかさと、それを支えた現実の双方を抱えながら、ブルジュ・ハリーファは竣工から十数年を経た現在も、世界一高い建造物であり続けている。