EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

建築様式史 — CHAPTER 11

啓蒙と復古

Neoclassicism & Revivals

バロックの過剰な劇性が一巡すると、建築はふたたび理性と古典へ立ち返ろうとする。だがそれは、単なる回帰ではなかった。考古学が古今の様式を一望のもとに並べたとき、人々は初めて「どの過去を選ぶか」を問われる。新古典主義の厳格な秩序と、ゴシック・リヴァイヴァルの中世への憧れ——様式が選択の対象となった「歴史主義」の時代が、ここに幕を開ける。

新古典主義

18世紀、ポンペイやヘルクラネウムの発掘によって、古代世界の実像が次々と明るみに出ると、ヨーロッパは新たな古典熱に包まれた。バロックやロココの過剰な装飾への反動もあって、建築家たちは、簡潔で厳格な古代の純粋さへ立ち返ろうとする。これが新古典主義である。美術史家ヴィンケルマンが古代ギリシア美術に見た「高貴な単純と静かな偉大」は、この運動の合言葉となった。理論の側では、修道士ロージエが『建築試論』(1753年)で、四本の幹に梁と切妻を載せただけの「原始の小屋」を建築の原型に据え、構造に由来しない装飾を退ける根拠を与えた。古代神殿のポルティコ、単純な幾何学、明快な比例が重んじられ、装飾は切り詰められた。フランスではブレやルドゥーが、球や立方体といった純粋な幾何学だけからなる、実現不可能なほど壮大な建築を構想する。実際に建てられた代表作が、ジャック=ジェルマン・スフロによるパリのパンテオンである。古代ローマのパンテオン(第2章)を範としたコリント式の柱廊と、ギリシア十字の平面に架かる高いドームが、理性の時代にふさわしい荘厳をたたえている。同名だが、両者はまったく別の建物である。ベルリンのブランデンブルク門、パリのマドレーヌ寺院、そして大西洋を渡ってワシントンの合衆国議会議事堂まで、神殿を思わせる列柱の建築が、各国の威信を担って建てられた。

様式の選択という近代性

新古典主義の登場には、それ以前と決定的に異なる新しさがあった。それまで建築家は、自らの生きる時代の様式——ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック——のなかで、いわば自然に設計してきた。ところが18世紀末、考古学の進展によって古今東西の様式が図版として一望できるようになると、様式は「与えられるもの」ではなく「選ぶもの」となる。スチュアートとレヴェットの『アテネ古代遺物誌』のような実測図集が、正確な古典の手本を建築家の手もとへ届けた。どの過去を選ぶかが、建物の用途や施主の信条と結びつき、意味を帯び始めた。この「様式を選ぶ」という自意識こそ、歴史主義と呼ばれる近代特有の態度であり、19世紀の建築を貫く基調音となるのである。歴史を陳列する新しい建物——博物館それ自体が、この時代を象徴する建築類型として登場するのも、偶然ではない。

ゴシック・リヴァイヴァル

理性が古典を選んだ一方で、感情と信仰、そして国民意識は、中世を呼び戻した。中世への憧れ(リヴァイヴァル)は、産業化への違和感や、ロマン主義、国民国家の形成と結びついて、各地でゴシックの復興をうながす。その記念碑が、ロンドンのウェストミンスター宮殿(国会議事堂)である。1834年の火災で焼失したのち、チャールズ・バリーとオーガスタス・ピュージンによって、テムズ河畔に壮大なゴシック・リヴァイヴァルの議事堂が再建された。ピュージンは著書『対比』で、信仰の篤い中世のゴシックと、堕落した近代の建築とを並べ、ゴシックこそ道徳的に正しい様式だと説いた。古典様式が「異教的」「外来的」とみなされたのに対し、ゴシックは、キリスト教と中世イギリスに根ざした「国民の様式」として選ばれたのである。海峡の向こうのフランスでも、ヴィオレ=ル=デュクが、ノートルダムをはじめ中世建築の修復を主導し、ゴシックを学問の対象とした。整然とした古典に対し、塔と尖塔が不規則に立ち上がるその輪郭は、ピクチャレスクな趣味とも響き合った。

折衷と各国

新古典主義とゴシック・リヴァイヴァルは、19世紀に併存した二大潮流にすぎない。実際には、グリーク・リヴァイヴァル、ロマネスク・リヴァイヴァル、さらにはエジプトや東方の様式まで、ありとあらゆる過去が、用途や好みに応じて呼び出された。銀行や美術館には荘重な古典が、教会には敬虔なゴシックが、劇場やオペラ座には華やかな様式が——と、建物の性格に様式が割り当てられていく。パリのオペラ座(ガルニエ宮)は、バロックとルネサンスを華麗に取り合わせた、第二帝政の折衷の極みであった。やがて世紀後半には、複数の様式を一つの建物で取り合わせる折衷主義も広まった。ロンドンのセント・パンクラス駅では、ゴシックの壮麗なホテルが、その背後にひそむ鉄とガラスの大屋根を覆い隠していた。こうして19世紀は、歴史という巨大な様式の倉庫を自在にめぐる時代となる。だが、この「様式を着せる」議論の足下では、鉄とガラスという新しい素材が、建築の前提そのものを静かに覆しつつあった。次章では、その素材の革命——鉄とガラスの世紀へと向かう。