建築様式史 — CHAPTER 10
劇場としての建築
Baroque & Rococoルネサンスが比例と調和に静かな完成を見たのち、建築は一転して動き出す。楕円とうねる曲面、明と暗の劇的な対比——バロックは、見る者の感情を揺さぶる舞台装置となった。カトリック改革の高揚と絶対王政の威光を背に、空間そのものが演技を始めたのである。
運動する空間
バロックは、宗教改革に対抗するカトリック教会の戦略と分かちがたい。トリエント公会議を経た教会は、信者の感情に直接訴える芸術を求め、建築・彫刻・絵画を総動員して人々を信仰へと巻き込もうとした。17世紀のローマで、建築は静から動へと大きく舵を切る。ルネサンスが円や正方形の完結した調和を尊んだのに対し、バロックは楕円平面とうねる曲面を好み、壁やファサードそのものに律動を与えた。中心にいたのが、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニとフランチェスコ・ボッロミーニという二人の巨匠である。ベルニーニは彫刻家としての才を建築に注ぎ、サン・ピエトロ大聖堂の前に巨大な楕円の列柱廊(コロネード)を巡らせて、訪れる者を両腕で抱き込むような広場をつくった。聖堂内部では、ねじれた四本の柱が支える壮麗な天蓋(バルダッキーノ)が、広大な空間に焦点を与えている。一方ボッロミーニは、幾何学を自在に操って壁面を波打たせ、サン・カルロ・アッレ・クアトロ・フォンターネ聖堂の小さな空間に、緊張に満ちた曲面の劇を凝縮した。二層を渦巻き(ヴォリュート)でつなぐイル・ジェズ聖堂のファサードに始まる構成は、各地のバロック教会の手本となる。直線と静止を旨としたルネサンスに対し、彼らは曲線と運動を建築の主題に据えたのである。
光の演出
バロックは、光をも演出の道具とした。隠した窓から差し込むトップライトが彫像を劇的に照らし、暗がりとの対比が見る者の感情を高ぶらせる。ベルニーニがローマのコルナロ礼拝堂に据えた「聖テレジアの法悦」は、天窓からの光を金色の光条に見立て、建築・彫刻・絵画・光をひとつの舞台に融合させた典型である。天井ではトロンプ・ルイユ——目を欺く絵画——が猛威をふるった。平らな天井に描かれた架空の建築や、雲間に開ける天空が、堂内を上方へ無限に押し広げる。とりわけアンドレア・ポッツォがサンティニャツィオ聖堂に描いた天井は、本来あるはずのドームまでも平らな面に描き出し、床の一点に立ったときにのみ完全な立体として見えるよう仕組まれている。建築・彫刻・絵画はもはや別々の芸術ではなく、ひとつの総合的な舞台として観る者の五感に訴えた。渦巻く縁取りのカルトゥーシュが壁や扉口を飾り、空間に豊かな動きを添えている。
宮廷のバロック
劇場としての建築は、教会だけでなく宮廷の道具ともなった。その極致が、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿である。もとは狩りの館を、ル・ヴォーやアルドゥアン=マンサールらが壮大な宮殿へと拡張し、ル・ノートルが幾何学式の大庭園を設計した。すべてを統べるのは、宮殿から地平の彼方までのびる軸線である。建物・庭園・水路・並木が一本の中心線のもとに左右対称に配され、太陽王の秩序を可視化した。庭園には刺繍のような花壇(パルテール)と無数の噴水、大運河が広がり、自然までもが幾何学に従わされている。内部では、庭に面した「鏡の間」が圧巻である。十七の窓に対して十七のアーチ状の鏡を並べ、外光と庭の眺めを室内に二重写しにして、きらめく無限の奥行きを生んだ。宮廷の儀礼そのものも演出の一部であり、貴族たちは王の起床から就寝までを見守る役者として、この舞台に縛りつけられた。ヴェルサイユは各国の宮廷の手本となり、ヨーロッパじゅうに「小ヴェルサイユ」を生んでいく。
ロココへ
18世紀に入ると、バロックの重々しい劇性はしだいに軽みを帯びる。フランスの宮廷と邸宅で生まれたロココは、岩や貝殻を思わせる非対称の曲線——ロカイユ——を室内に広げ、白と金、淡い色で空間を優美に飾った。重さは消え、装飾は軽やかに踊る。この気分は、南ドイツ・オーストリアの教会堂で頂点に達した。バイエルンのヴィースの巡礼教会では、ドミニクス・ツィンマーマンが、簡素な外観の内に、光と漆喰と天井画の溶け合う天上の幻影をつくり上げている。同じ南ドイツでは、バルタザール・ノイマンのフィアツェーンハイリゲン巡礼教会が、楕円を連ねた平面に光をあふれさせ、ロココの構造的な達成を示した。劇場としての建築は、壮大な威圧から親密な陶酔へと表情を変えたのである。だが、こうした過剰なまでの劇性と優美に対し、やがて理性と古典への回帰を説く声が高まっていく。次章では、「どの様式を選ぶか」を問い始めた近代の入り口——新古典主義と様式の復興へと向かう。