フィレンツェに建つ、ブルネレスキが1419年に設計を委ねられた捨て子養育院。柱廊の明快な比例で知られる、初期ルネサンス建築の記念碑的作例である。
§1 — 概要概要
捨て子養育院(オスペダーレ・デリ・インノチェンティ、Ospedale degli Innocenti)は、イタリア・フィレンツェのサンティッシマ・アンヌンツィアータ広場に面して建つ、捨て子・孤児の養育施設である。1419年、フィレンツェの絹織物組合(アルテ・デッラ・セタ)の依頼でフィリッポ・ブルネレスキが設計を委ねられた。広場に向かって開く優美なロッジアで名高く、初期ルネサンス建築の出発点に位置づけられる記念碑的な作例である。
歴史
1419年、当時もっとも富裕な組合の一つであった絹織物組合が、慈善事業として捨て子養育院の建設を発議し、ブルネレスキに設計を託した。ブルネレスキは正面のロッジアを手がけたが、1427年頃には事業から離れたとされ、施設として最初の嬰児を受け入れたのは1445年であった。1480年代には、アーチの肩を飾る彩釉陶のトンディ(産着の嬰児像)がアンドレア・デッラ・ロッビアの手で加えられた。
建築的特徴
広場に面する九連のコロネードは、半円アーチを細いコリント式の円柱で受ける、軽快で明晰な構成をとる。白い漆喰の壁に、灰色の砂岩ピエトラ・セレーナで柱やアーチの骨格を描き出し、構造の輪郭を線として際立たせる手法は、以後のフィレンツェ建築の規範となった。一つの柱間(ベイ)が立方体をなすよう寸法が整えられ、幾何学的な比例(モドゥール)が空間を統御している。中世ゴシックの垂直性とは異なる、水平で人間的な秩序がここに現れた。
意義・現在
捨て子養育院は、古典の柱とアーチを比例の体系のもとに統御した、ルネサンス建築の最初の達成として建築史に刻まれる。現在は、嬰児を象ったトンディを掲げるロッジアの奥に美術館を備え、1988年以降はユニセフのイノチェンティ研究所の拠点ともなっている。ユネスコ世界遺産「フィレンツェ歴史地区」を構成する一画として、いまも広場に静かな調和を投げかけている。
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