プラハ・ヴルタヴァ河岸に建つオフィスビル。ヴラド・ミルニッチとフランク・ゲーリーが協働し、1996年に竣工した。ねじれる二つの塔が踊る男女に見立てられ、ポスト共産主義期のチェコを象徴する脱構築主義の代表作である。
§1 — 概要概要
チェコの首都プラハ、ヴルタヴァ川にのぞむラシーン河岸に建つオフィスビルである。正式名称はナショナーレ・ネーデルランデン・ビルだが、ねじれながら寄り添う二つの塔が踊る男女のように見えることから「ダンシング・ハウス(Tančící dům)」の愛称で広く知られる。クロアチア生まれのチェコの建築家ヴラド・ミルニッチが構想し、カナダ出身のアメリカの建築家フランク・ゲーリーが共同設計者として加わって、1996年に完成した。バロックやアール・ヌーヴォーの建物が並ぶ歴史的街区にあって、流動する曲面をもつ姿は際立った存在感を放ち、現代プラハを象徴する一作となっている。
歴史
この敷地には、第二次世界大戦末期の1945年、プラハ空襲で破壊された建物の跡が長く空地として残されていた。隣接地に住んでいた劇作家ヴァーツラフ・ハヴェル(のちのチェコ大統領)は、この場所を文化的な拠点とすることを望み、建築家ミルニッチに調査を委ねた。1992年、オランダの保険会社ナショナーレ・ネーデルランデンが用地を取得して新社屋の建設を引き受け、ミルニッチを主任設計者に指名する。世界的建築家との協働という出資者の求めに対し、当初打診されたジャン・ヌーヴェルは敷地の狭さを理由に辞退し、代わってフランク・ゲーリーが招かれた。1992年のジュネーヴでの初対面以降、二人は「静と動」「陰と陽」という対の概念を練り上げていく。共産主義体制から議会制民主主義へと移行するチェコスロヴァキア社会の転換を、建築のかたちに託す試みであった。計画から完成までの歩みは1992年から1996年にわたり、竣工の年には米誌『タイム』のデザイン賞を受けた。
建築的特徴
建物は対照的な二つの塔から成る。一方はガラスのカーテンウォールがくびれながら立ち上がる動的な塔で、もう一方は実体感のある石とコンクリートの静的な塔である。ゲーリー自身は当初、往年の名ダンサー、ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアになぞらえて「ジンジャー&フレッド」と呼んだが、のちにこの呼称を退けている。複雑な曲面を正確に設計するため、航空機の設計に用いられる三次元CADソフト「CATIA」が導入された。ダンシング・ハウスは、こうしたデジタル設計手法を本格的に用いた世界でも初期の建築の一つであり、ゲーリーはこの経験をのちのビルバオ・グッゲンハイム美術館へと展開していく。脱構築主義に分類されるその外観は、傾き・ずれ・断片化によって、整然とした周囲の街並みにあえて不協和を持ち込む。
意義・現在
完成当初、ダンシング・ハウスは歴史的景観を乱すものとして賛否を呼んだが、いまではプラハの新しい時代を体現する建築として定着し、2000チェコ・コルナ金貨の意匠にも採用された。当初はオフィスビルとして使われ、現在は最上部にギャラリーと展望テラス、レストランを備えるホテルとして公開されている。デジタル時代の自由曲面建築の先駆けとして、また政治的転換を造形へ翻訳した象徴として、現代建築史に確かな位置を占める。