西アフリカ・マリの古都ジェンネに立つ、世界最大の日干し煉瓦造の建築。泥(バン…
マリ・トンブクトゥに建つ、1327年にマンサ・ムーサの命で築かれた日干し煉瓦のモスク。スーダノ・サヘル様式を代表する大モスクで、サンコレ・モスクなどとともにトンブクトゥ大学を構成し、世界遺産に登録されている。
§1 — 概要ジンガレベール・モスク(Djinguereber Mosque)は、西アフリカのマリ共和国、トンブクトゥの旧市街西端に建つモスクである。1327年、マリ帝国の王マンサ・ムーサの命によって築かれた、日干し煉瓦による大モスクで、スーダノ・サヘル様式を代表する建築として知られる。サンコレ・モスク、シディ・ヤヒヤ・モスクとともにトンブクトゥ大学(サンコレ大学)を構成し、サハラ以南でも最古級のイスラーム学問の中心地であった。1988年、トンブクトゥの一部として世界遺産に登録されている。
トンブクトゥが交易と学問の都として栄えるなか、メッカ巡礼から戻ったマンサ・ムーサは、1327年にこの金曜モスク(ジャーミー)を建てさせた。19世紀にトンブクトゥを訪れたドイツの探検家ハインリヒ・バルトは、正面扉の上にこの年と王の名を記した銘文が残っていたと伝えている。設計は、伝統的に、王が巡礼の途次に伴ってきたアンダルス出身の詩人アブー・イスハーク・アッ=サヒリーに帰せられてきた。ただし近年の研究は、この様式が本来サハラや西アフリカ在来の建築に由来するものであり、彼を設計者とする説には確かな根拠が乏しいと指摘している。16世紀には、トンブクトゥの法官(カーディー)アル=アーキブによって修復・拡張され、南側の部分が加えられた。
建物のほとんどが、土を主体とする有機的な材料で築かれている。藁を混ぜた泥(バンコ)を塗り重ねる伝統的な工法によるもので、北側正面の一部とミナレットのみが石灰岩で補強されている。内部には三つの中庭と二つのミナレットがあり、東西に並ぶ二十五列の柱が、約二千人を収容する礼拝空間を支える。ミナレットは角錐状の頂をいただく。壁面から突き出した木の梁(トロン)は、雨季のあとに泥を塗り直す際の足場を兼ねており、毎年、子どもを含む住民が総出で外壁を補修する。こうした共同の営みによって、土の建築は数百年にわたり保たれてきた。
ジンガレベール・モスクは、マリ帝国の富と、イスラームを受け入れた西アフリカの文化的な交流を物語る記念碑的な建築である。北アフリカやアンダルスのモスクとは異なる、土による独自の造形は、サヘルの環境に深く根ざしている。2006年からはアガ・カーン文化トラストによる修復が行われた。一方で、2012年の武装勢力による被害を受けて、トンブクトゥは危機にさらされた世界遺産のリストに記載されている。現在も現役の金曜モスクであり、地域の信仰と記憶の中心でありつづけている。