サン=ドニ大聖堂 Basilica of Saint-Denis
パリ北郊サン=ドニに建つ大聖堂。修道院長シュジェールの再建により1144年に完成した内陣は、尖頭アーチ・リブ・ヴォールト・ステンドグラスを統合した最初のゴシック建築とされ、歴代フランス王の埋葬地でもある。
§1 — 概要概要
サン=ドニ大聖堂(Basilique cathédrale Saint-Denis)は、パリ北郊のサン=ドニに建つカトリックの大聖堂である。3世紀の殉教者・聖ドニの墓所に起源をもつ修道院聖堂として発展し、12世紀に修道院長シュジェールが主導した再建によって、尖頭アーチ・リブ・ヴォールト・大面積のステンドグラスを一体の構造として結びつけた最初のゴシック建築として建築史に名を刻む。同時に、10世紀以降ほぼ歴代のフランス王が葬られた王家の埋葬地(ネクロポリス)でもあり、宗教・政治・芸術の三つの磁場が重なる場所である。
歴史
現在の聖堂は、修道院長シュジェール(1122年就任)の構想のもとで段階的に建て替えられた。1135年ごろ、まず西正面(ファサード)と前室の工事が始まり、1140年6月に献堂された。続いてシュジェールは東端の内陣(シュヴェ)に着手し、わずか3年余りののち1144年6月に完成・献堂した。シュジェール自身は設計者ではなく、その理念を実現した複数の棟梁(マスター・メイソン)の名は伝わっていない。1151年のシュジェールの死後、工事は停滞し、古いカロリング朝の身廊が新旧の様式に挟まれたまま残った。1231年、修道院長ウード・クレマンのもとで身廊と内陣上部の再建が再開され、レヨナン式ゴシックの様式で1281年ごろまでに完成した。この13世紀の工事は棟梁ピエール・ド・モントルイユに帰せられる。
建築的特徴
シュジェールの内陣がもたらした革新は、壁を「開く」ことにあった。放射状に並ぶ祭室の間仕切り壁を細い円柱に置き換え、尖頭アーチとリブ・ヴォールトで荷重を効率よく逃がすことで、外周の壁面をほぼ窓に変えることが可能になった。外部に並ぶフライング・バットレス(飛梁)が壁の推力を受け止め、内部を厚い壁から解放している。結果として、二重の周歩廊(アンビュラトリー)と放射状祭室は途切れることのない光の環となり、色ガラスを透かした光が堂内に満ちる。シュジェールはこの「新しい光(lux nova)」を、天上のエルサレムの象徴として神学的に意味づけた。13世紀に再建された身廊は、ガラス張りのトリフォリウムと巨大な高窓をもつレヨナン式の好例で、壁面を極限まで透明化している。
意義・現在
サン=ドニはゴシックの「ゆりかご」として、サンス、ノワイヨン、シャルトル、パリのノートルダムなど北フランスの大聖堂群の規範となり、様式は12〜13世紀にヨーロッパ各地へ広がった。フランス革命期には王墓が破壊・散逸し、19世紀に大規模な修復を受けた。1846年の竜巻で損傷した北塔は撤去され、現在その再建計画が進む。1966年には新設の司教座が置かれて正式に大聖堂となった。歴代王の墓碑が並ぶネクロポリスとしても、ゴシック発祥の記念碑としても、今日まで参照され続ける建築である。