EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ウェストミンスター寺院
© Σπάρτακος / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q5933
様式 · 垂直式ゴシック 時代 · 中世 類型 · 宗教建築 ★ ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター寺院およびセント・マーガレット教会(1987年、ユネスコ世界遺産)

ウェストミンスター寺院 Westminster Abbey

Westminster Abbey

ロンドン、テムズ左岸に建つ英国国教会の参事会教会。1245年にヘンリー3世が着工したフランス・ゴシック直輸入の聖堂で、1066年以来40人の君主が戴冠し、3,300人を超える国民的人物が眠る霊廟でもある。

FIG. 02 — Location51.4994° N 0.1274° W
イギリス グレーター・ロンドン ロンドン
§1 — 概要

概要

ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)は、ロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスターに建つ英国国教会の教会堂である。正式名称はウェストミンスター聖ペテロ参事会教会。「修道院(abbey)」の名は、16世紀に修道院が解散されたのちも慣用として残ったものにすぎない。

1066年以来、40人のイングランド・英国君主がここで戴冠し、18人がここに葬られた。埋葬者は3,300人を超え、首相・桂冠詩人・科学者・軍人が国家的記憶の一部として並ぶ。建築としては、13世紀のフランス・ゴシックの骨格の上に、垂直式ゴシックの身廊と礼拝堂、バロック味を帯びた18世紀の西塔が積層した、五百年の増築の集合体である。

歴史

起源は明瞭でないが、10世紀半ばまでにはテムズ川の中州ソーニー島にベネディクト会の修道院があった。エドワード懺悔王は1042年頃から自らの埋葬教会としてこれを建て替え、イングランドで初めて十字形平面をとるロマネスクの聖堂を1060年頃に完成させた。献堂は1065年12月、王の死の一週間前である。翌年の征服王ウィリアムの戴冠以降、ここは戴冠の場となった。

現在の建物は、ヘンリー3世が1245年7月6日に着工した第二の建て替えによる。棟梁はヘンリー・オブ・レインズに始まり、1253年頃にジョン・オブ・グロスター、1260年頃にロバート・オブ・ビヴァリーと交代した。1269年の献堂までに東端・翼廊・身廊東端が立ち上がったが、1272年に王が没すると工事は止まり、懺悔王のロマネスクの身廊が一世紀以上そのまま接続されたままとなった。

1376年、リチャード2世の棟梁ヘンリー・イーヴリーが残る身廊の建て替えに着手する。すでに百年前の設計であったにもかかわらず、彼は当初案をほぼ忠実に踏襲した。西窓に達したのは1495年である。続いてヘンリー7世が13世紀の聖母礼拝堂を解体し、1503年から垂直式ゴシックの礼拝堂へ建て替えた。1530年代の宗教改革で修道院は解散され、1560年にエリザベス1世が国王直属の「王室特轄教会」として再編する。宗教改革で中断していた西塔の完成は1745年、着工から実に五百年後にあたる。1941年5月の空襲では交差部の塔屋が焼け落ちた。

建築的特徴

主体は幾何学式ゴシックで、外装にはレイゲイト石を用いる。11区画の身廊に側廊、翼廊、周歩廊と放射状祭室を伴う内陣が続き、二段のフライング・バットレスが荷重を外へ逃がす。

同時代のイングランド・ゴシックとは明確に異なる。イングランドの流儀が塔を誇り、東端を方形に切り、幅広く低い身廊を好んだのに対し、ここには18世紀まで塔がなく、東端は長い半円形のアプスで閉じられ、身廊はイングランドの中世教会で最も高く、しかも著しく細い。参照先はランス大聖堂であり、フランス・ゴシックの直輸入といってよい。一方で交差部にパーベック大理石と白石を対比させる色彩感覚は、まぎれもなくイングランド的である。

ヘンリー7世礼拝堂は別格の到達点をなす。ウィリアム・ヴァーチューが1506年から設計した垂れ飾り付きのファン・ヴォールトは、石を織物のように扱う垂直式ゴシックの極点であり、好古家ジョン・リーランドはこれを orbis miraculum(世界の驚異)と呼んだ。八角形の参事会会議場は、中央の一本柱から放射状にヴォールトを架けるイングランド型の代表例である。ニコラス・ホークスムアとジョン・ジェイムズによる西塔は、ゴシックに当時流行のバロックを混ぜた折衷であり、この建物の増築史を外観に露呈させている。

意義・現在

この建物の意味は、様式の完成度よりも、国家の儀礼装置として途切れず使われ続けてきた事実にある。戴冠は交差部で行われ、その一画は儀式への適性から「劇場」と呼ばれる。1920年11月11日、大戦終結の二周年に葬られた無名戦士の墓は、各国が置く同種の墓の最初のものである。ウィリアム・モリスはこの場所を「国民のヴァルハラ」と評した。

19世紀にはジョージ・ギルバート・スコットらが参事会会議場と北側の玄関廊を修復した。1987年、ウェストミンスター宮殿およびセント・マーガレット教会とともにユネスコ世界遺産に登録。2018年には中世のトリフォリウムを展示室に転用し、そこへ至るウェストン・タワーが新設された。2011年のウィリアム王子の結婚式、2023年5月6日のチャールズ3世の戴冠式もここで行われている。観光地でありながら日々の礼拝を続ける現役の教会堂である点は、五百年変わっていない。

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LAST EDIT — 2026.07.18
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