初期キリスト教建築
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂
ローマ司教座が置かれた「全世界の教会の母にして頭」。4世紀初頭にコンスタンティ…
建築家 / Architect
アレッサンドロ・ガリレイは、18世紀前半のイタリアで活動した建築家・数学者である。1691年フィレンツェ生まれ。ガリレオ・ガリレイと遠縁にあたる名家に育ち、アントニオ・マリア・フェッリのもとで建築と工学を学んだ。透視図法や築城術を修めた師のもとで、施工技術・立体幾何・水理を身につけている。
1714年、その古典的な作風を評価したイギリス人の招きでロンドンへ渡り、1718年にはアイルランドに滞在してキャッスルタウン・ハウス主棟のファサードを設計した。当時のイタリアがバロックの只中にあったのに対し、彼の設計は明快な古典主義に傾いており、それがかえって英国の顧客に歓迎された。
1719年にフィレンツェへ戻り、メディチ家の宮廷建築・要塞技師を務める。転機は1730年、同郷のロレンツォ・コルシーニが教皇クレメンス12世として即位したことである。翌年ローマに招かれ、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂のコルシーニ家礼拝堂(1732年完成)を手がけ、続いて同聖堂の正面ファサードの設計競技を制した。1735年に完成したこのファサードは、宮殿を思わせる厳格な構成でローマの美術界に議論を呼んだが、消耗しつつあったバロックの語彙から離れ、新古典主義へ向かう転換点として評価される。1737年、ローマで没した。
ローマ司教座が置かれた「全世界の教会の母にして頭」。4世紀初頭にコンスタンティ…