EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
PORTRAIT

建築家 / Architect

アルフレート・ピッフル

Alfréd Piffl

チェコ出身の建築家、建築史家。1907年、東ボヘミアのケルハルティツェ・ナド・オルリツィー(現ウースチー・ナド・オルリツィーの一部)に生まれた。プラハのチェコ工科大学で学び、バチャ社の広告部門で働いたのち、1934年から国立考古学研究所で製図と発掘調査に従事した。この経験から、建築を考古学者・文化財保護の立場から見る姿勢が生まれた。1937年に建築史で博士号を取り、ビーリナのロプコヴィツ家領の建築局長などを務めた。

1947年、ブラチスラヴァのスロヴァキア工科大学に新設された建築学部の建築史教授となり、1950〜52年には同学部の初代学部長を務めた。バンスカー・ビストリツァとバンスカー・シュチアヴニツァをスロヴァキア初の歴史的市街保存地区に指定する基礎調査も担っている。

1950年代前半からは画家ヤンコ・アレクシとともに、廃墟となっていたブラチスラヴァ城の再建を主導した。瓦礫を除いて石積みを調査し、18世紀の姿を基準とする再建案をまとめたが、1957年に捏造された容疑で投獄され、城にも大学にも戻れなかった。釈放後は作業員や設計者として働き、晩年にはブラチスラヴァ旧城下やデヴィーン城の発掘調査に加わった。1972年、ブラチスラヴァで急逝した。

生没
1907 — 1972
国籍
チェコ
運動
—
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q644910)
ENTRY ID — ARC-1691