ドーリア式
シラクサ大聖堂
シチリア島オルティージャの大聖堂。前5世紀のギリシア・アテナ神殿を骨格ごと取り…
建築家 / Architect
トラーパニに生まれたイタリアの建築家で、18世紀前半の南東シチリアを舞台に活躍した、盛期シチリア・バロックを代表する一人である。生年は1644年とも1664年とも伝えられ、確かな伝記的記録は乏しい。
シチリア・バロックは、1693年に島の南東部を壊滅させたヴァル・ディ・ノートの大地震からの復興のなかで成熟した。美術史家アンソニー・ブラントは、その展開を、地方的な段階から、ローマで学んだ建築家がもたらす洗練の段階を経て、シチリアの建築家自身が独自の様式を確立する段階へと整理している。パルマのシラクサでの仕事は、ノートやラグーザで活動したロザリオ・ガリアルディと並び、その円熟した第三段階の最良の例に数えられる。
代表作はシラクサ大聖堂の正面である(1725〜1753年)。古代アテナ神殿を取り込んだ堂体の前に、2層に重ねたコリント式の円柱列を立て、光と影の劇的な対比をつくり出した。建築史家ジョン・サマーソンは、この正面をローマのジェズ教会(ヴィニョーラ設計)を大胆に翻案したものと評している。ほかにパレルモのサンタ・マリア・ディ・モンテヴェルジニ教会やサン・ジョアッキーノ教会の正面などを手がけ、1730年に没した。