シラクサ大聖堂 Cathedral of Syracuse
シチリア島オルティージャの大聖堂。前5世紀のギリシア・アテナ神殿を骨格ごと取り込み、ドーリア式列柱を壁に残したまま教会へ転用された稀有な建築で、ファサードはアンドレア・パルマの手になる盛期シチリア・バロックである。
§1 — 概要概要
シチリア島南東、シラクサの旧市街オルティージャに建つカトリックの大聖堂であり、シラクサ大司教区の司教座聖堂である。正式名称は聖母マリアの誕生に捧げられた「Cattedrale metropolitana della Natività di Maria Santissima」。この建物が比類ないのは、前5世紀に築かれたギリシアの周柱式神殿——アテナ神殿——を解体せず、その骨格ごと教会へ転用している点にある。今日のバロックのファサードの内側には、二千数百年前のドーリア式列柱が今も立ち続けている。
歴史
この場所には先史以来の祭祀の痕跡があり、前6世紀の神殿を経て、前480年のヒメラの戦いでカルタゴを破った僭主ゲロンが、戦勝を記念してアテナ神殿(アテナイオン)を建立した。神殿は古代に名高く、プラトンやアテナイオスが言及し、前70年にはキケロが総督ウェッレスによる装飾の略奪を弾劾している。
7世紀、シラクサ司教ゾジモがこの神殿を教会に改めた。柱間を壁で塞ぎ、ドーリア式の列柱を壁体に取り込むことで、3廊式のバシリカが生まれた。建物は878年のアラブ征服で一時モスクに転じたが、1086年にノルマンのルッジェーロ1世が市を奪回し、再び教会へ戻る。身廊の屋根や後陣のモザイクは、このノルマン期に遡る。
1693年のシチリア地震(ヴァル・ディ・ノート地震)が旧来の正面を倒すと、震災復興のなかでアンドレア・パルマが新しいファサードを設計した(1725〜1753年)。
建築的特徴
アテナ神殿は前面・背面に6本、側面に14本の柱を巡らせた周柱式のドーリア式建築で、柱身にはエンタシス(中ほどのわずかな膨らみ)が顕著に残る。これらの石灰岩の柱は、外壁の左側面と、堂内の右側に9本が今も視認できる。
パルマのファサードは、盛期シチリア・バロックのなかでもやや遅い時期の作例とされる。2層に重ねたコリント式の円柱列とアカンサスの柱頭、彫りの深い陰影が、端正な古典神殿とは対照的な動勢を与える。正面を飾る等身大の彫像群はイニャツィオ・マラビッティの作である。内部は身廊と2つの側廊からなり、素朴な壁面とバロックの装飾が同居する。12〜13世紀の洗礼盤、ルイジ・ヴァンヴィテッリ設計の天蓋(チボリウム)、アントネッロ・ガジーニによる「雪の聖母」(1512年)などを伝える。
意義・現在
ギリシア神殿、初期キリスト教のバシリカ、ノルマンの改修、そしてバロックのファサードが一つの建物に積層する様は、地中海をめぐる文化の交替をそのまま体現している。1907〜1910年にはパオロ・オルシの発掘が神殿下のより古い基礎を明らかにし、出土品は市内のパオロ・オルシ州立考古博物館に収められた。大聖堂は現役の聖堂であり続け、シラクサの守護聖人聖ルチアの聖遺物を蔵する。2005年、オルティージャを含むシラクサ旧市街は「シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡群」の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録された。
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