軍事建築
スオメンリンナの要塞
ヘルシンキ沖の8つの島にまたがる海上要塞。1748年にスウェーデン王国が対ロシア防…
建築家 / Architect
アウグスティン・エーレンスヴァルド(Augustin Ehrensvärd、1710–1772)は、スウェーデンの軍人、軍事建築家、画家である。ヘルシンキ沖の海上要塞スヴェアボリ(現スオメンリンナ)の設計者として知られる。
1710年、スウェーデン中部ヴェストマンランド地方のフレレー城に生まれ、砲兵将校として経歴を積んだ。1739年に創設されたスウェーデン王立科学アカデミーの創立会員の一人でもある。1747年、国王フレドリク1世の命でフィンランド沿岸の防備を担う要塞の設計と工事の指揮を委ねられ、ヘルシンキ沖のスヴェアボリと、ロヴィーサ近郊のスヴァルトホルム要塞を計画した。
スヴェアボリでは、ヴォーバン以来の稜堡式築城を平地ではなく岩礁の島々に適用し、岩盤の輪郭に沿って防御線を折り曲げ、敵艦から目立たない低い城壁を構想した。中心には群島艦隊のための造船所を置き、士官の住居や広場を組み込んだ要塞都市として計画している。工事は1748年に始まり、彼は没するまで拡充を続けた。
1756年から1766年まで、また1770年以降は群島艦隊の司令官を務め、艦船の建造や、私費による海軍士官教育の開始にも携わった。党派抗争のため1766年にいったん職を解かれたが、のちに復帰している。絵画のほか教育論や植物学にも関心を寄せ、要塞建設中の暮らしを描いた作品も残した。1772年にフィンランド南西部のミュナマキで没し、死に際して元帥に叙された。遺骸はスヴェアボリに葬られ、墓碑は国王グスタフ3世自身の意匠による。
ヘルシンキ沖の8つの島にまたがる海上要塞。1748年にスウェーデン王国が対ロシア防…