フランボワイヤン
サン=テチエンヌ大聖堂(ブールジュ)
フランス中部ブールジュに立つ、聖ステファノに献じられた大司教座聖堂。1195年に…
建築家 / Architect
コラン・ビアール(Colin Biart、1460年生)は、15世紀末から16世紀初頭にロワール地方を中心に活動したフランスの石工棟梁・建築家である。史料には Colin Biard、Nicolas Biart などの表記でも現れる。アンボワーズに生まれ、1479年にボージャンシーで結婚した。1515年まで活動が確認されるが、没年は明らかでない。
1483年以降、アンボワーズ城の工事記録に石工棟梁として名が見え、ギヨーム・スノーとともに働いた。1499年にパリのノートルダム橋が崩落すると、石造による再建を決めた委員会に棟梁として加わった。その後、元帥ピエール・ド・ロアン=ジエのル・ヴェルジェ城、ブロワ城のルイ12世翼の工事に携わり、1504年からはルーアン大司教ジョルジュ・ダンボワーズに招かれてガイヨン城の建設に当たった。シャトーダン城ロングヴィル翼への関与も推定されている。
1506年にはルーアン大聖堂の「バターの塔」の工事に関わり、1508年にはルーアン大司教の推薦で、崩落したブールジュのサン=テチエンヌ大聖堂北塔の再建のため、ほかの棟梁とともに大聖堂参事会に招かれた。同塔の現場には1515年まで関わり、工事はのちにギヨーム・ペルヴォワザンが引き継いだ。
フランボワイヤン・ゴシックの洗練にイタリア由来の初期ルネサンスの意匠が加わる転換期に、城館・橋・聖堂と多様な工事をこなした棟梁として評価される。子のノエル・ビアールは大工棟梁としてルーヴルの工事に従事し、孫のピエール・ビアールは王室付きの彫刻家となった。
フランス中部ブールジュに立つ、聖ステファノに献じられた大司教座聖堂。1195年に…