モダニズム建築
エスタジオ・ゴベルナドール・マガリャンイス・ピント
ブラジル、ベロオリゾンテのパンプーリャ地区にある州営サッカースタジアムで、通…
建築家 / Architect
エドゥアルド・メンデス・ギマランイス・ジュニオール(Eduardo Mendes Guimarães Júnior、1920–1968)は、ブラジルの建築家・教育者で、ミナスジェライス州における近代建築の普及に力を尽くした。ミナスジェライス連邦大学(UFMG)の記録ではマリアナの生まれとされる。
1940年にベロオリゾンテの建築学校へ入学し、1945年に卒業。個人事務所で住宅や公共施設を設計する一方、同州の専門誌『Arquitetura e Engenharia(建築と工学)』の編集に長く携わり、建築教育や都市計画、近代建築の動向をめぐる論説を書いた。ブラジル建築家協会ミナスジェライス支部の会長を務め、母校で建築設計を講じて、1954年には著書『現代建築の形態と内容』を刊行している。
1955年からは大学の技術事務所を率いてパンプーリャ・キャンパスの計画を指揮し、ガスパール・ガレットらの協力を得て本部棟(レイトリア、1962年開館)を設計した。1959年にはガレットとともに大学スタジアムの計画案をまとめ、これが約10万人規模の州営スタジアム、ミネイロン(1965年開場)へと発展した。住宅作品の多くは失われたが、本部棟とミネイロンは、パンプーリャのニーマイヤー作品群に続く時期のミナスジェライスの近代建築を代表する作例とされる。1968年、47歳で没した。
ブラジル、ベロオリゾンテのパンプーリャ地区にある州営サッカースタジアムで、通…