EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
エスタジオ・ゴベルナドール・マガリャンイス・ピント
© Rodrigo Lima / Portal da Copa
FIG. 01 — Q910370

エスタジオ・ゴベルナドール・マガリャンイス・ピント Mineirão

Estádio Governador Magalhães Pinto

ブラジル、ベロオリゾンテのパンプーリャ地区にある州営サッカースタジアムで、通称ミネイロン。エドゥアルド・メンデス・ギマランイス・ジュニオールとガスパール・ガレットの設計で1965年に開場した。放射状に並ぶ鉄筋コンクリートの門形架構が楕円の外周をかたちづくる。

FIG. 02 — Location19.8658° S 43.9708° W
ブラジル ミナスジェライス州 ベロオリゾンテ
§1 — 概要

概要

エスタジオ・ゴベルナドール・マガリャンイス・ピントは、ブラジル南東部ミナスジェライス州の州都ベロオリゾンテにあるサッカースタジアムで、「大きなミネイロ(ミナスの人)」を意味する愛称ミネイロン(Mineirão)で広く知られる。州が所有し、クルゼイロECが本拠地として使用している。1965年の開場時にはブラジル屈指の大規模スタジアムであり、のちに2013年のFIFAコンフェデレーションズカップ、2014年のFIFAワールドカップ、2016年リオデジャネイロ五輪のサッカー競技の会場となった。正式名称は、建設を資金面で後押しした当時の州知事マガリャンイス・ピントにちなむ。

歴史

ベロオリゾンテでは1950年ワールドカップに合わせてインデペンデンシア・スタジアムが整備されたが、ほどなく観客の増加に対応できなくなり、1950年代には新しい大規模スタジアムの構想がいくつも浮上した。その一つが、大学の工学系学生らが提唱し、パンプーリャ地区の大学用地に計画された大学スタジアムである。建築家エドゥアルド・メンデス・ギマランイス・ジュニオールとガスパール・ガレットは、この計画を約10万人規模の州営スタジアムへと拡大した。1959年の州法で建設が定められ、財源の一部には州宝くじの売上が充てられた。

工事は1959年に始まったが、資金難で長く停滞した。本格的に進んだのは1964年8月以降で、三交代による昼夜の突貫工事が行われ、熟練工の不足には現場での職人養成で対応した。1965年9月5日、ミナスジェライス州選抜とアルゼンチンのリーベル・プレートの試合で開場している。

その後、1976年のインターコンチネンタルカップ決勝第2戦やコパ・リベルタドーレスの決勝が開かれ、2003年にはベロオリゾンテ市の文化遺産に登録された。2010年から2012年にかけて、2014年ワールドカップに向けた大規模改修が行われる。設計は建築事務所BCMFが担い、原設計の外観を保ったまま、ピッチを3.4メートル掘り下げて下層と中層の客席を造り直し、屋根を客席側へ拡張した。周囲には広大な広場(エスプラナーダ)が新設され、2012年12月に再開場した。2014年大会では準決勝を含む6試合が行われ、開催国ブラジルがドイツに1対7で敗れた一戦は「ミネイラッソ(ミネイロンの惨劇)」と呼ばれている。

建築的特徴

スタジアムは長径275メートル、短径217メートルの疑似楕円形の平面をもつ。構造の要は、楕円の周囲に放射状に並ぶ88基の鉄筋コンクリート造の門形架構で、柱と梁を剛に一体化したラーメン構造が7.5メートル間隔で繰り返されて客席と屋根を支える。この架構がそのまま外観となり、規則的に並ぶ柱の列と客席を覆う大きな庇が、ミネイロンの姿を決定づけている。

構造そのものを造形とするこの設計は、パンプーリャ湖畔に1940年代に建てられたニーマイヤーの作品群に続く時期の、ミナスジェライスにおける近代建築の代表例とされる。建設にあたっては、先行するマラカナン・スタジアムの問題点を調べて設計に生かしたほか、本体に先立って客席と屋根の一区画を試験的に建て、施工方法を検証した。当時の市場では入手できない長さの鉄筋を現場で溶接して継ぐなど、施工面の工夫も重ねられている。

改修では、上部構造の下に166基のダンパーを設けて従来の鉛直の支柱を置き換え、振動の抑制を図った。躯体の表面は補修のうえで打放しコンクリートの素材感を生かして仕上げられている。

意義・現在

ミネイロンは、ミナスジェライスのサッカー文化を支えてきた舞台であり、開場を境に地元クラブが全国的な強豪へと成長した時代の象徴でもある。2014年には、ブラジルのスタジアムとして初めて環境性能認証LEEDの最高位を取得し、太陽光発電設備も備える。近くのパンプーリャ湖畔には世界遺産「パンプーリャの近代建築群」があり、一帯はブラジル近代建築の展開をたどる地区となっている。現在は民間の事業会社が州との契約にもとづいて運営し、試合のほかコンサートなどの催しにも使われている。

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LAST EDIT — 2026.09.16
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