EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
PORTRAIT

建築家 / Architect

ギヨーム・ペルヴォワザン

Guillaume Pelvoysin

ギヨーム・ペルヴォワザン(Guillaume Pelvoysin、1477–1534)は、16世紀前半のベリー地方で活動したフランスの建築家・棟梁である。現在のシェール県ベンジー=シュル=クラオンに生まれた。修業の経緯は伝わっていない。

経歴の起点はブールジュのサン=テチエンヌ大聖堂である。1506年12月31日に崩落した北塔の残骸の撤去を任され、1508年から再建に当たったコラン・ビアール、ジャン・ド・シェノーの下で働いたのち、工事を引き継いで塔の完成まで現場にとどまった。この北塔、通称「バターの塔」は、フランボワイヤン・ゴシックの装飾を基調としつつ、ところどころに初期ルネサンスの細部を交えている。

ブールジュでは1487年の大火で焼けた街の再建期にあたり、サン=ボネ教会の再建、ノートルダム教会の鐘塔(1520年代)、オテル・ディユ(施療院)の建設を手がけた。オテル・キュジャス、オテル・ラルマンといった都市邸宅も彼の作とされる。1509年にルーアンでイタリアの芸術家たちと接したことが転機になったといわれ、ブールジュに初期ルネサンスの建築をもたらした中心人物の一人と位置づけられている。

生没
1477 — 1534
国籍
フランス
運動
フランボワイヤン・ゴシック/初期ルネサンス
登録作品
1

代表作

Works
ENTRY ID — ARC-1653