EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
PORTRAIT

建築家 / Architect

エズロン・ド・リエージュ

Hézelon de Liège

エズロン・ド・リエージュ(Hézelon de Liège、ラテン語形ヘゼロ Hezelo。11世紀後半〜12世紀前半に活動)は、クリュニー修道院の第3聖堂(クリュニーIII)の建設を指揮した聖職者・建築家である。父は伯、母方の叔父にルクセンブルク伯コンラート1世をもつ貴族の家に生まれ、現在のベルギー東部にあたるリエージュ司教領で聖職者としての経歴を積んだ。リエージュの司教座聖堂、または市内の参事会教会の参事会員を務め、同地の学校で数学と技術を修めたとみられる。のちのクリュニー院長ピエール(尊者ピエール)は書簡のなかで彼を「マギステル」と呼んでおり、高い学識をもつ人物と目されていた。

1088年、院長ユーグ・ド・スミュールのもとで起工された第3聖堂の計画と工事の指揮のため、クリュニーに招かれた。聖堂の平面については、修道士グンゾが夢のなかで聖ペトロから示されたという伝承が残るが、その構想を実際の建築として計画し、現場を率いたのがエズロンであったとされる。建設資金の調達にも関わった可能性が指摘されるほか、同時代のル・マン司教ヒルデベルトゥスは、彼が院長ユーグの伝記を著したと記している。生没年は伝わらず、確実に帰属する作品もクリュニーIIIに限られる。リエージュには彼の名を冠した通り(Rue Hézelon)がある。

生没
—
国籍
ベルギー
運動
ロマネスク
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q3145116)
ENTRY ID — ARC-1640