イングランド・バロック
ブレナム宮殿
イングランド、オックスフォードシャーのウッドストックに立つマールバラ公爵家の…
建築家 / Architect
ジョン・ヴァンブラ(John Vanbrugh、1664–1726年)は、イングランドの建築家・劇作家である。ロンドンでフランドル系の商家に生まれ、チェスターで育った。若いころは軍務に就き、ジェームズ2世を退けてウィリアム3世を迎える動きに加わったことから、フランスで政治犯として数年間投獄された。帰国後は劇作家として名を上げ、喜劇『The Relapse』(1696年)と『The Provoked Wife』(1697年)は、結婚をめぐる率直な描写で非難を浴びながらも長く上演された。
建築の正式な教育は受けていない。1699年、第3代カーライル伯の依頼でカースル・ハワードの設計に着手し、実務に通じたニコラス・ホークスムアの協力を得て、大陸のバロックに比肩する邸宅をイングランドに実現した。この成功が初代マールバラ公の目に留まり、1705年からブレナム宮殿を手がける。石の量塊を積み重ね、その陰影を装飾とする重厚な造形は、本人が「城の気配(castle air)」と呼んだ独自の語法である。
ブレナムの工事は資金をめぐる政争と公爵夫人サラとの対立に巻き込まれ、ヴァンブラは現場を追われた。より端正なパッラーディオ主義が台頭するなかで作風は時代遅れとみなされ、晩年の代表作シートン・デラヴァル・ホールの完成を見ずに1726年に没した。王室営造局の監査官や紋章官を務め、1714年にナイトに叙されている。
イングランド、オックスフォードシャーのウッドストックに立つマールバラ公爵家の…