イタリア・バロック建築
カゼルタ宮殿
南イタリア、ナポリ北方のカゼルタに立つブルボン家の王宮。1752年、ナポリ王カル…
建築家 / Architect
ルイージ・ヴァンヴィテッリ(Luigi Vanvitelli、1700–1773)は、18世紀イタリアを代表する建築家。オランダ出身の景観画家ガスパール・ファン・ヴィッテルの子としてナポリに生まれ、ローマで育った。父から素描を学んだのち、シチリア出身の建築家フィリッポ・ユヴァッラに才能を認められて建築の道に進み、ウィトルウィウスや16世紀の建築書を独学で読み込んだ。1732年、トレヴィの泉とサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂正面の設計競技に参加し、いずれも落選しながら高い評価を得る。教皇領の港町アンコーナでは、人工の五角形の島の上に巨大な検疫所(ラッザレット)を築き、ローマではサン・ピエトロ大聖堂のドームの補強計画や、ミケランジェロによるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂の改修に携わった。
1750年、ナポリ王カルロ・ディ・ボルボーネ(のちのスペイン王カルロス3世)により新宮殿の建築家に選ばれ、1752年からカゼルタ宮殿と、宮殿に水を引くカロリーノ水道橋の建設を指揮した。ナポリでも半円形の広場フォーロ・カロリーノ(現ダンテ広場)などを手がけている。1773年、宮殿の完成を見ずにカゼルタで没し、工事は長男カルロが引き継いだ。
その建築は、後期バロックの劇的な空間構成を受け継ぎながら、古典的な秩序と抑制を強めており、バロックから新古典主義への過渡期を体現するものとされる。どちらかの様式に振り分けるべきかについては、現在も評価が分かれている。
南イタリア、ナポリ北方のカゼルタに立つブルボン家の王宮。1752年、ナポリ王カル…