EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
カゼルタ宮殿
© Carsten Steger / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q327983
様式 · イタリア・バロック建築 時代 · 新古典・歴史主義 類型 · 宮殿・邸宅 ★ ユネスコ世界遺産「カゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョの邸宅群」(1997年登録)の構成資産

カゼルタ宮殿 Palace of Caserta

Reggia di Caserta

南イタリア、ナポリ北方のカゼルタに立つブルボン家の王宮。1752年、ナポリ王カルロの命でルイージ・ヴァンヴィテッリが着工し、1845年に完成した。約1,200室を擁し、背後に長い水の軸線を持つ庭園が延びる。イタリア・バロック最後の大作とされる。

FIG. 02 — Location41.0732° N 14.3271° E
イタリア カンパニア州 カゼルタ
§1 — 概要

概要

カゼルタ宮殿(Reggia di Caserta)は、南イタリア・カンパニア州のカゼルタ、ナポリの北約35キロメートルに立つ旧王宮である。ナポリ王国を治めたブルボン家の王宮として、建築家ルイージ・ヴァンヴィテッリの設計で1752年に着工された。建築面積約4万7,000平方メートル、5層に約1,200の部屋と1,742の窓を擁し、18世紀のヨーロッパに建てられた宮殿のなかでも最大級の規模を持つ。背後には約120ヘクタールの庭園が延び、宮殿に水を送るカロリーノ水道橋、絹織物工場を中心としたサン・レウチョの集落とともに、1997年にユネスコ世界遺産に登録された。

歴史

1734年にナポリ王となったカルロ・ディ・ボルボーネ(のちのスペイン王カルロス3世)は、海からの攻撃にさらされやすく過密なナポリを離れ、内陸に王国の新たな行政の中心を築こうとした。王はカゼルタの所領を買い取り、候補に挙がった建築家のなかからヴァンヴィテッリを選んだ。宮殿は、王宮であると同時に官庁や軍の司令部、学術機関まで収める、一つの都市のような複合体として構想された。1752年1月20日、王の36歳の誕生日に定礎式が行われている。

1759年、カルロはスペイン王位を継いで去り、以後の工事は後継のフェルディナンド4世のもとで緩やかになった。1773年にヴァンヴィテッリが没すると、長男カルロ・ヴァンヴィテッリが工事を引き継ぐ。宮殿は1780年代には一部が居住に用いられたが、工事はその後も続き、完成は1845年であった。財政難のため、当初の計画にあった四隅の塔、中央のドーム、前庭を囲む衛兵の宿舎は実現していない。

1919年に宮殿は国有財産となった。第二次世界大戦中の1943年には空襲で宮廷礼拝堂が大きく損なわれ、同年以降は連合軍の司令部が置かれた。1945年4月、イタリア戦線のドイツ軍の降伏文書がここで調印されている。

建築的特徴

宮殿は約247×190メートルの長方形で、内部を十字に貫く二つの翼によって四つの中庭に分けられる。正面の外観は、下の2層を石を粗く積んだように見せるルスティカの基壇とし、その上の2層に半円柱と付柱を配し、最上層の窓は軒下の帯(エンタブラチュア)の中に収めて、頂部を欄干で縁取る。長大な正面は抑制された古典的な秩序で統御され、装飾の奔放さよりも規模と規律が威容をつくる。

平面の要は、正面入口から庭園へ抜ける一本の軸線である。入口から続く三廊のギャラリーは中央に八角形の玄関広間を持ち、ここから四つの中庭すべてを見通せる。ギャラリーは「望遠鏡」とも呼ばれ、その先には庭園の噴水群から遠く丘の上の滝までが一直線に見える。上階には儀礼用の大階段を経て王の居室群が連なり、部屋が一列に並んで扉を貫くエンフィラードの構成をとる。ヴェルサイユの礼拝堂を手本とした宮廷礼拝堂は、宮殿の内部に取り込まれた点で原型と異なり、1769年に開場した宮廷劇場は、馬蹄形の平面に5層の桟敷を重ねる。

庭園は、宮殿の背面から約3キロメートルにわたって延びる水の軸線を主軸とし、段ごとに池と噴水を連ねて、最奥の丘のカスケードと、その下のディアナとアクタイオンの泉に至る。水はヴァンヴィテッリ自身が設計したカロリーノ水道橋によって遠くの水源から引かれた。1780年代には、カルロ・ヴァンヴィテッリとドイツ生まれの植物学者ジョン・グレーファーにより、庭園の一角に大陸では初期の例となるイギリス式風景庭園が造られた。

意義・現在

カゼルタ宮殿は、ヴェルサイユを範としつつ、ブルボン朝ナポリの王権と、スペインから自立した王国の威信を示すために築かれた。後期バロックの壮大な空間演出と、新古典主義に通じる古典的な抑制とが同居するその建築は、二つの時代の境目に立つ作例として位置づけられ、イタリア・バロック最後の大作とも評される。現在は国立の博物館として公開され、2016年には文化省から特別な自治権を認められた。2023年の来場者は100万人を超えている。

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データ: Wikidata (Q327983) / 解説: Wikipedia 日本語版 · English / 画像: © Carsten Steger / CC BY-SA 4.0 — Wikimedia Commons
※ CC BY-SA 4.0:クレジット表示と同一条件での継承が必要。南側上空からの航空写真。
LAST EDIT — 2026.09.21
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