イタリア・バロック建築
イタリア・バロック建築は、16世紀末から18世紀前半にかけてイタリアで展開した建築様式である。反宗教改革期のローマを中心に生まれ、ルネサンスの均衡と静けさに代わって、運動感・劇性・観る者への強い訴えかけを重んじた。
平面や立面に曲線と曲面を大胆に導入し、楕円形の空間、うねる壁面、前後にせり出すファサードを好む。柱やペディメントを重ね合わせ、光と影の劇的な対比、彫刻・絵画・建築を一体に融合させた総合的な演出(ベル・コンポスト)によって、空間そのものを動的な体験に変えた。噴水や広場、階段といった都市的な装置もまた、劇場のように構成された。
ローマでは、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニがサン・ピエトロ大聖堂の広場と列柱廊や数々の祭壇を手がけ、フランチェスコ・ボッロミーニはサン・カルロ・アッレ・クアトロ・フォンターネ聖堂などで波打つ壁面と複雑な幾何学を追求した。トリノではグアリーノ・グアリーニやフィリッポ・ユヴァラが、北イタリアらしい構造的な大胆さを示している。世俗の分野でも宮殿や噴水が壮麗に飾られ、トレヴィの泉はその掉尾を飾る記念碑的な作例である。
様式としては、盛期ルネサンスとマニエリスムを母胎に成立し、やがて装飾をさらに軽快・優美に展開させたロココへとつながる一方、18世紀後半には、その反動として古典の秩序を回復しようとする新古典主義を準備した。イタリアのバロックは、こうした近世ヨーロッパ建築の劇的な転回の起点となった。