特集
スィナンの名はどこまで届いたか——オスマン帝国に散る14作 1543–1580
名築が収録する公開済みの建物のうち、ミマール・スィナンを設計者に結んでいるものは14件ある。8件がイスタンブール、1件がエディルネにあり、残る5件はボスニア・ヘ…
建築家 / Architect
ミマール・ダヴド・アー(Mimar Davud Ağa、?–1598/99)は、オスマン帝国の宮廷建築家。デヴシルメ(徴用制度)を通じて宮廷に入り、大建築家ミマール・スィナンに師事した。1588年のスィナンの死後、その後を継いで宮廷主席建築家となり、オスマン古典様式の諸建築を手がけた。最晩年にはイスタンブールのイェニ・ジャーミィ(当時のヴァリデ・スルタン・モスク)の造営に着手したが、まもなく疫病で世を去り、工事は後任の建築家に引き継がれた。
名築が収録する公開済みの建物のうち、ミマール・スィナンを設計者に結んでいるものは14件ある。8件がイスタンブール、1件がエディルネにあり、残る5件はボスニア・ヘ…