EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
PORTRAIT

建築家 / Architect

ニッコロ・ミケッティ

Niccolò Michetti

ヴェネツィアに生まれ、おもにローマとサンクトペテルブルクで活躍したイタリア後期バロックの建築家である。ローマでは巨匠カルロ・フォンターナのもとで研鑽を積み、サンティ・アポストリ聖堂の改修に棟梁としてかかわった。トレヴィの泉の設計案(1704年)を提出するなど頭角を現し、フォンターナの没後はその未完の仕事を引き継いだ。

1718年、ヨーロッパの俊英を求めるピョートル大帝に招かれてロシアへ渡る。先任の宮廷建築家ル・ブロンが1719年に急死すると、サンクトペテルブルク一帯の建設を統括する首席建築家の地位を継いだ。ペテルゴフの大カスケードと数々の噴水、ストレリナの宮殿などを手がけたが、その多くは他者の構想を引き継いだものであった。

そのなかで、本データベースのカドリオルグ宮殿はミケッティ自身の設計になる代表作であり、彼のロシア時代の作品のうち、ほぼ完全な姿で現存する唯一の例として知られる。約5年の在露ののち、皇帝の意向で1723年にイタリアへ帰国し、サン・ルカ・アカデミーの会員、教皇庁や劇場修道会の建築家を務めた。ローマではパラッツォ・コロンナの改修などを残し、1758年に没した。

生没
1675 — 1758
国籍
イタリア
運動
バロック
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q1383123)
ENTRY ID — ARC-0079