EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
バンベルクのオットー

建築家 / Architect

バンベルクのオットー

Otto of Bamberg

バンベルク司教。シュヴァーベンの貴族の家に生まれ、1088年に皇帝ハインリヒ4世の妹ユーディトに従ってポーランド宮廷へ赴き、1091年に皇帝の宮廷へ召された。以後1102年まで、シュパイアー大聖堂の造営組織を統率する。この大改築(シュパイアーⅡ)はハインリヒ4世の発意によるもので、身廊への交差ヴォールト架構、東西の四塔、小人回廊といった現在の姿を決定づけた。オットー自身は設計者というより、1088年に没した先任者ベンノ2世の計画をおおむね踏襲しつつ工事を再開・完遂させた造営責任者であり、独自の判断は翼廊などに限られたとされる。1102年にバンベルク司教となり、のちポメラニアへの布教で知られた。1189年に列聖。

生没
1060 — 1139
国籍
神聖ローマ帝国
運動
ロマネスク建築
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q77259)
ENTRY ID — ARC-0893