EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
PORTRAIT

建築家 / Architect

ステパン・コヴニル

Stepan Kovnir

ウクライナの棟梁・石工。キーウ南方のフヴォズディウ村に貧しい農民の子として生まれ、両親の死後の1718年にキーウへ出た。同じ年の大火で焼けたキーウ・ペチェールシク大修道院の再建に加わり、以後60年近くにわたって境内の建物を手がけることになる。モスクワの建築家イヴァン・カランディンのもとで技術を学び、倉庫やパン焼き場といった実用的な建物から仕事を始めた。度重なる火災のたびに手を入れ続けたその一群は、切妻を草花のスタッコで飾る意匠から「コヴニルの建物」と呼ばれるようになる。

1741年から1745年にはゴットフリート・シェーデルの大鐘楼の建設に加わり、1749年にはキーウの聖アンドリー教会の工事に参加した。1755年にクロフ宮殿を完成させた功で農奴身分を解かれ、以後は自らの名で請負を行っている。ヴァシリキウの聖アントニー・聖フェオドシー聖堂など、キーウ周辺にウクライナ・バロックの作例を残した。正規の教育を受けないまま様式の担い手となり、石工の養成にもあたった。

生没
1695 — 1786
国籍
ウクライナ
運動
ウクライナ・バロック
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q4225802)
ENTRY ID — ARC-1596