EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ステポナス・ダリュス
© 作者不詳 / Public domain

建築家 / Architect

ステポナス・ダリュス

Steponas Darius

ステポナス・ダリュス(Steponas Darius, 1896–1933)は、リトアニア系アメリカ人の飛行家であり、リトアニアにおける近代スポーツの先駆者である。ロシア帝国領(現リトアニア)に生まれ、1907年に家族とともにアメリカへ移住した。第一次世界大戦では合衆国陸軍に従軍してパープルハート章を受けたのち、1920年にリトアニアへ渡り、独立間もない同国の軍と社会に身を投じた。リトアニア体育連盟の会長として、陸上競技選手権の開催やバスケットボールの導入など国内スポーツの基盤づくりに尽力し、1924年には技師ケスティティス・ブロタとともにカウナス初の多目的競技場(本競技場)を設計・造成した。1933年、相棒スタシース・ギレナスとともに飛行機リトアニカ号でニューヨークからカウナスへの無着陸大西洋横断を試みたが、目的地まで約650キロの地点で墜落し、二人とも命を落とした。両飛行士は国民的英雄として記憶され、1993年にこの競技場へその名が冠された。

生没
1896 — 1933
国籍
リトアニア系アメリカ人
運動
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q1291574) / 肖像: © 作者不詳 / Public domain — Wikimedia Commons
ENTRY ID — ARC-0059